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GMの年金バイアウト2(リスク)

GMの元従業員にとって年金バイアウトへの不安は、新たな基金には公的保証が付かない点にある。
これまでGMから給付されていた企業年金は、もしも同社がデフォルトし年金が支払えなくなった場合には、企業年金の保証を手掛ける公的機関PBGC(年金給付保証公社)が代わって支払う制度がある。一方、保険会社のプルデンシャルから給付される個人年金はPBGCの保証の対象外のため、いざという時の公的なバックアップがないのだ。

また、プルデンシャルへ移転した基金が資金不足になり危機に陥っても、拠出元のGMはそれを救済できない。GMが退職給付債務を同社から切り離してしまうからだ。
米国会計基準の下で会社から債務を切り離すためには、実質的にその全てリスクを移転することが要求される。その会計上の要件を満たすスキームで年金バイアウトが実行されるため、GMは新たな基金が危機に陥っても追加拠出で助けることができないのである。

プルデンシャルの基金は、抱える債務額(GMの元従業員に将来支払ってゆく年金の時価総額)に対し、その約1割のバイアウト・プレミアムを乗せた資産額(年金支払いに備え運用する金融商品の時価総額)でスタートする。
発足時は資産超過の健全な財政状態であるが、将来もしも年金を支払えなくなってしまう理由は何だろう?


一般に、年金バイアウトの取組み後の基金に生じるリスクは主に2つ。
1つは「長寿リスク」。年金受給者の多くが想定外に長生きした場合に、債務が当初の計算値から膨らんでゆき、支払い原資となる資産が途中で底を突く危険である。

もう1つは「インフレリスク」。過度のインフレが生じた場合、基金の資産が目減りするとともに年金支給額の物価スライド制により債務が膨らみ、急速に資産が枯渇する危険である。
バイアウト後は元の会社からの追加拠出がないことから、基金の運用姿勢は以前よりも慎重とならざるをえない。国債など確定利回り型の安全資産が大半を占め、株式などリスク資産の割合が大きく引き下げられる傾向がみられる。
運用の中心となる確定利回りの国債は、インフレの進行とともに市場金利が上昇(時価が下落)するため、資産価値が目減りしてしまう。一方で株式は、インフレ進行とともに時価の上昇が見込まれるが(**)、その資産全体に占める割合が小さいため国債の価値目減りをほとんどカバーできない。

以上2つのリスクは、従来は年金を提供する企業が負っているが、年金バイアウトの取組み後は受給者が代わって背負う。
リスクを手放す企業は資産にいくらかのバイアウト・プレミアムを乗せて送り出すが、受給者全員が寿命を迎えるまで長い年月があることからも、受給者の背負わされたリスクがその間に顕在化することは決して想定外とは言えない。

これまで紹介してきた米国の年金バイアウトの事例は、日本にとって「すでに起こった未来」の可能性がある。
わが国で2014/3期から適用される新たな会計基準では、これまで一部は未認識で済んだ退職給付債務をきちんと認識することが義務づけられ、多くの日本企業での財政状態の悪化が懸念されるからだ(退職給付会計3)。

もちろん現在の日本の法制度の下では年金バイアウトはできないが、年金運営への負担が限界を迎えつつある企業が目立つなか、退職給付債務を企業から切り離す対策に迫られるであろう。
法制度を改正し年金バイアウトに取組む場合には、米国の事例そのままでなく年金受給者へリスクを丸投げする仕組みだけは改良して欲しいものです。

2012年11月22日

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(*)金融資産・負債の消滅(オフバランス化)の要件として、米国会計基準とIFRSのとる「リスク経済価値アプローチ」では、実質的にリスクと経済価値を移転したかが問われる。そのためには、対象資産・負債の生むキャッシュフローを受取る権利・支払い義務が消滅することや、資産・負債への継続的関与を放棄することが必要となる。

(**)売上高純利益率、PER(株価収益率:純利益に対する株価の倍率)を一定と仮定すると、インフレの進行と連動して企業の売上高、純利益、株価が同じ率で上昇してゆく。よって、株式にはインフレリスクのヘッジ効果が期待できるのです。

【参考文献】 Bloomberg Businessweek誌 2012年7月2日号の記事「U.S.Automakers Cut Retirees Loose」