退職給付会計4(即時認識の影響)

2012年6月4日

以下は「退職給付会計3("即時認識"とは?)」の続き

「未認識債務の即時認識」の日本企業の財政状態へ与える影響を、山崎製パン(株)の2011/12期の決算書を題材に説明しよう。

当期末の同社の退職給付債務から年金資産を控除した純債務は1,272億円(=2,309-1,037)。うち退職給付引当金812億円(下記【脚注】)は既に負債計上されているが、残る未認識債務460億円は当時はオフバランス。財政状態の健全性を示す自己資本比率は37%(=自己資本2,319÷資産6,339)である。

この状態の直後に、改正後の新基準を適用したと仮定しよう。その場合、同社のB/Sの構成ならびに自己資本比率はどのように変わるのだろう?

まず、オフバランスであった未認識債務460億円が、新たにオンバランスする「退職給付に係る負債」と化し、B/Sの負債額を増加させる。

また、含み損としての性質を併せ持つ未認識債務は、純資産の部への資本直入も行なう。税率40%として税効果を反映させると、純資産ならびに自己資本はOCI累計額が276億円(=460×(1-0.4))減少し、資産は繰延税金資産が184億円(=460×0.4)増加する。

山崎製パン(株)2011/12期決算短信に基づき筆者作成

結果、新たな自己資本比率は31%(=(2,319-276)÷(6,339+184))。分子の自己資本の減少と分母の資産の増加により、6ポイント(=37-31)だけ下がる。

以上、未認識債務の即時認識に伴い、退職金・年金制度で負う純債務としての要素が負債に、運用での含み損としての要素が純資産に新たに反映される。

本件により我が国の会計基準は、時価主義に大切なB/Sの透明性に関して、既に即時認識している米国基準、2013年から即時認識を導入するIFRS並みの水準へと向上する。

改正後の退職給付会計の実施される2014/3期以降、日本企業の自己資本比率はいくらか低下するが、市場参加者はB/Sを一目見て保有する株式の理論価格の目安をより精緻に把握できるようになる。

決算書を活用する市場のユーザーにとって、最重要の財務諸表での時価ベースの情報が充実化することの意義は大きい。

なお先程のパンメーカーは、従来から「決算短信」に未認識債務の額を注記し決算発表時に速やかに公表しているため、市場参加者ならびに同社株価は未認識債務を既に織込み済みである。よって、将来の未認識債務の即時認識への移行に伴う同社株価への影響はほとんど無いと考える。

また同社は、上記即時認識後も充分な自己資本を有しており、健全な財政状態に変わりないことも付け加えておく。

その他の日本企業の大半は、市場の重視している決算短信(決算発表時に公表)に未認識債務に関する注記が無い。すなわち現在は、市場からの決算への評価が終わった後の「有価証券報告書」(決算発表から数週間後に公表)でしか、未認識債務の数字が把握できない先が大部分を占める。

2014/3期本決算からの即時認識まで後2年。その時の我が国の株式市場へのインパクトを抑えるためにも、これらの企業には、その前の段階で未認識債務に関する注記の決算短信での開示に踏み切って頂けることを祈りたい。

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【脚注】 ここでは、説明と図表が複雑にならないよう、実際の退職給付引当金823億円から前払年金費用11億円を控除した正味の額をもって「退職給付引当金」としている。そのことによる上記B/Sへの影響は無い。