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カーブアウト 事業分離の悪い仕組み

ファンドが投資のために借りたお金は、切り離された事業会社が背負う

2018年2月8日(木)アナリスト工房

金融筋による日本企業へのガバナンス(企業統治)改革が、ついにその正体をあらわにしながら、とんでもない方向へ向かおうとしています。

2015年から本格化したわが国のガバナンス改革は、会社の持続的成長と企業価値向上が基本的指針(*)。なのに昨年後半からの改革推進の新たな潮流は、多くの事業を営む複合企業が中核事業への"選択と集中"を進めるために、投資ファンドを活用しながら非中核事業を企業グループから切り離す"カーブアウト(事業分離)”です。

幅広く事業展開してきた複合企業が不採算ではない非中核事業を選択から外しカーブアウトした場合には、その企業の規模と価値が減るため、ガバナンス改革の上記指針に反する。しかも以後の企業業績は、集中の対象とした特定の事業に大きく左右されるため、安定性が損なわれてしまいます。

▼複業企業の最大のリスクは、集中化した中核事業の賞味期限切れ

いま多くの複業企業がカーブアウトを促されている背景は、ガバナンス改革をきっかけに市場では、企業の収益性指標ROE(資本利益率=純利益/資本)と株主還元(配当と自社株買い)の姿勢が重視される風潮。そこでは、カーブアウトが企業のROEと株主還元を改善させるとの典型的な理屈はこうです(下記)。

<カーブアウト(事業分離)推進派の理屈>
「例えば、ある複合企業はグループ全体のROEを高めるために、いま比較的高ROEの中核事業は存続させ、低ROEの非中核事業はたとえ黒字で採算確保できていてもグループの外へ売却すると仮定しよう。
すると、非中核事業の売却益が純利益とともにROEを押し上げる。上振れた純利益の半分は増配と自社株買いの原資。あと半分はいま好調な中核事業を伸ばす設備投資とM&A(企業買収・合併)に活用することにより、ROEがさらに高まるだろう。よってカーブアウトは、複業企業のROEと株主還元を改善させる効果が期待できる」

なるほど一時的には、非中核事業の売却益が複業企業の純利益とROEを押し上げ、純利益の上振れ額を高ROEの中核事業の規模拡大と株主還元の強化に用いることは可能でしょう。
しかし、いま好調な中核事業は他社の参入が相次ぎ競争激化し、やがて採算悪化し高ROEが続かないケースが大半。しかも、企業業績が集中化した中核事業に強く依存するようになるため、業績とともに株価が不安定となることが多い。

その前に(事業売却益での利益上振れが好感され株価上昇したタイミングで)市場参加者は投資先企業の株式を売却し投資収益を確定できるのに対し、事業を営む当事者の企業はけっして逃げられません。
複合企業が将来を担う新たな中核事業を育成するためには、いくつもの非中核事業を伸ばすとともに新規事業を次々と立ち上げる必要があります。目先のROE目標の達成よりも、次の時代の収益基盤づくりが大切なのです。

新たな収益基盤づくりを怠り行き詰まった最悪の事例は、米複合企業のヤフーとGE。業績低迷を穴埋めするための事業売却益を捻出できる非中核事業が尽きた両社は、本業たる主力事業の売却をアクティビスト(物言う株主ファンド)に強いられ、企業グループがすっかり空洞化してしまいました。
なかでもGEは、つい先日まではガバナンス改革とカーブアウトのベスト・プラクティス(模範事例)だったはずでは?

▼分離された非中核子会社は、PEファンド投資の箱に入れられ借金漬け

複合企業から切り離された非中核事業を営む会社には、財務体質への大きな打撃が待ち構えています。

カーブアウトを担当するのは、投資先企業の経営に当事者として積極関与する"PE(プライベート・エクイティ)ファンド"。他の投資ファンドと同様にPEファンドは、投資家から資本調達したマネーを金融機関からの借入金で数倍の規模に膨らませ、投資案件ごとに設立したペーパーカンパニー"SPC(特別目的会社)"経由で投資を実行します。

投資ファンドが多額の借金付きで投資する目的は、成功した場合のリターン(投資収益率)を高める”レバレッジ効果”の追求にあります。一方、複合企業から分離された事業会社は、PEファンドが投資のために設立したSPCに吸収合併されることにより、重い借金を背負わされるのです(下記)。

<例1> PEファンドを活用したカーブアウトでの借入金の付け替え
 複合企業から事業分離された子会社A社は、時価のB/S(貸借対照表)が資産2.200億円、負債1,500億円、資本700億円。PEファンドのSPC(特別目的会社)は、資本が投資家からの出資金300億円、負債が銀行からの借入金600億円、計900億円の資産が現預金。全資産900億円でSPCは、A社を買収のうえ吸収合併する。合併後のB/Sの構成は?

M&A(企業買収・合併)を扱う企業結合会計に基づき合併後のB/S(貸借対照表)は、のれん(=買収額-時価のA社資本)を考慮のうえ資産と負債は両社の合算値(ただしSPCが保有するA社株式は消去)、資本は合併会社(SPC)の額となります。
A社を吸収合併した直後のPEファンドのSPC(図表)は、のれん200億円(=買収額900-A社資本700)、資産2,400億円(=のれん200+A社資産2,200)、負債2,100億円(=A社負債1,500+SPC負債600)、資本300億円(=SPC資本)。


複合企業から切り離されたA社を吸収したPEファンドのSPCは、以後A社の看板を掲げ事業を営むことから、実質的には従来と同様にA社社員が働く職場です。なのに、B/Sの質でみた新たなA社の財務体質は、資本の減少(700→300)と負債の増加(1,500→2,100)により著しく悪化します。
とくにA社の負債急増の原因となったSPCの借入金(600)は、ファンド投資でリターンを高めるために"投資の箱"としてのペーパーカンパニーが借りたお金。にもかかわらず、そのお金を事業法人が肩代わりするのは理不尽ですね。

▼重い利払い負担が企業の価値を蝕み、富はファンドへ移転

しかも、PEファンドの多額の借金を付替えられた後のA社は、支払利息が利益を強く圧迫することにより、収益力と企業価値が損なわれます(下記)。

<例2> カーブアウトされた非中核事業会社の企業価値は?
 上記A社は、複合企業グループだったときの毎年の純利益が60億円(=税前利益100億円から法人税率40%控除)、グループからカーブアウトされPEファンドのSPCと合併したときに背負わされた借入金600億円の利率が年2%。以後、従来よりも銀行への利払い負担分の利益が減少すると仮定すると、A社の毎年の純利益はいくらか?
また、A社の株価指標PER(株価収益率:株式時価総額/純利益)がPEファンドによる買収時と同水準の15倍(=900/60)と仮定すると、カーブアウト後のA社の株主にとっての企業価値に相当する株式時価総額はいくらか?

カーブアウト後のA社の毎年の純利益は、税前利益100億円から利率2%の借入金600億円の利払い額を差し引いたうえ法人税率40%を控除し52.8億円(=(100-0.02×600)×(1-0.40))。
同社株主にとっての企業価値に相当する株式時価総額は、PER(純利益に対する株式時価総額の倍率)が15倍のもと792億円(=52.8×15)。

このようにA社の純利益も株式時価総額も、PEファンドから押し付けられた借入金の利息に圧迫され、カーブアウト前に対し12%も減少します(純利益は7.2億円減、株式時価総額は108億円減)。ファンドに負わされた多額の借金に伴う重い利払い負担が、事業分離された会社の収益力と企業価値を奪うのです。

一方、カーブアウト直後のPEファンドの投資収益率は、なんと164%(=保有するA社株式の時価総額792億円/出資額300億円-1)の超ハイリターン。
このときファンドが保有するA社株式をすべて売却した場合には、売却益492億円(=株式時価総額792-出資額300)がファンドのボロ儲けとなります。レバレッジ投資のための借入金600億円を投資先のA社へ背負わせることで、同社の株式時価総額108億円減少をカバーしたことが、ボロ儲け492億円(=600-108)の手口です。

その手口(カーブアウトで活用されるファンドの投資手法)は、1989年の米PEファンドKKR社によるRJRナビスコ社の敵対的買収で活用されたあと広まった"LBO(レバレッジド・バイアウト)”。LBOのファンドは、買収ターゲットとする企業の収益力と資産を担保に負債調達のうえ、その企業の経営権を取得し負債を移転し返済させます。
日本のLBOは、2006年のすかいらーく社の企業再生などで活用された"MBO(マネジメント・バイアウト)”が主流。LBOの一種のMBOは、買収される企業の経営陣もファンドへ出資のうえ協力するのが特徴です。

なお実際には、カーブアウト後もしばらくPEファンドは、投資先企業の経営に積極関与することで企業の収益力と価値の向上に努めます。とはいえ、ファンドの最大の収益源は多額の借金の企業への付け替え。借金漬けで疲弊した企業がその悪影響を打ち消すほどの収益力と価値を取り戻すのは困難なケースが多いのが実情です。

企業の富が市場参加者の一部に奪われる理不尽な仕組みを改めない限り、市場と企業の対話に基づくガバナンス改革をこれ以上続けていくのは難しい。

アナリスト工房 2018年2月8日(木)記事

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*)日本のガバナンス改革の指針を定めたコード(原則集)は2つ。
・機関投資家に上場企業との対話を促す『スチュワードシップ・コード(責任ある機関投資家の諸原則)』(金融庁:2014年公表、2017年改訂).
・東証1・2部上場企業に対し対話に前向きに応じるよう義務づけた『コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)』(東証:2015年から適用).
これらの"2つのコード"は、ともに会社の持続的成長と企業価値向上をガバナンス改革の基本的な指針と定めている。