企業価値評価の第1関門 割引くとは?

将来から現在へ時間を巻き戻す手法を、意味とともにわかりやすく解説

2016年12月12日(月)アナリスト工房

企業分析は、決算書の見方を必要な会計とともに学ぶ「財務分析」、会社の価値を測定のうえ財務政策(資金調達、自社株買いなど)のあり方を探る「企業価値評価(コーポレート・ファイナンス)」の2つの分野からなります。

なかでも企業価値評価は、財務政策のほかにも適正な株価形成を促すIR(投資家への情報開示)、企業価値向上に向けたガバナンス(企業統治)改革などへ活用が広がるとともに重要性が高まってきました。一方、この分野が苦手な人々が多いのも現実です。

そこで、筆者が企業分析セミナーを行う際に、いちばん細心の注意を払っているのが企業価値評価の初めの30分間。基礎編の第1関門として登場する「割引くこと」に受講者が引いてしまわないよう、それをいかに簡単にみせられるかがセミナー講師としての腕の見せどころです。

受講者の習得度はもちろん各回・各人さまざまですが、割引くことを筆者が説明.してから1時間後の株式の理論価格を求める演習では、.おおむね半数の人々がなんとか割引計算らしき答案を書いてらっしゃいます。またその解説時には、企業価値評価はけっして難しくないとの筆者の言葉にうなづく方々が大半です。

このように、第1関門の割引くことに引いてしまわない限り、初心者が企業価値評価の基礎を身につけることは実はけっして難しくないしかも割引くことは、企業分析のなかで得意な者が比較的多い財務分析の分野でもさりげなく行われています(後述)。

今回は、割引くとは何かを財務分析でのわかりやすい事例と比べながら簡単に説明のうえ、割引くことの意義と哲学を述べたい。

割引くとは、将来の価値を現在の価値へ換算することです。

企業価値評価で割引く対象は、将来の株式の配当あるいは会社の収益。それらを割引くことにより、会社の株式の理論価格(適正な価値)は簡単に求めることができます。この現在の株式の適正な価値として算定された理論価格を基準に、きまぐれな市場の現在の株価がそれよりも割高かあるいは割安かをみることができるのです。

その話の前に、将来と現在の間には利子率があるため、将来の価値は現在の価値とは異なります。

例えば、利子率10%(0.1)のもと現在の100億円の将来の価値は、1年後が110億円(=100×(1+0.1))、2年後が121億円(=100×(1+0.1)2)。

ここで企業価値評価では、利息にも利息がつく複利の利子率を用います。100億円の2年後の価値は、120億円(=100×(1+0.1×2))でなく、1年めの利息10億円につく2年めの利息1億円(=10×0.1)も加えた121億円となるのです。

複利は、財務分析の分野では企業業績の計算に使われており、実は多くの人々にとってなじみ深いものです。例えば、前期の純利益100億円の会社が今期・来期ともに10%増益を続けた場合には、2年後の来期の純利益は121億円(=100×(1+0.1)2ですね。

このような現在の価値から将来の価値を求めることとは逆に、将来価値を現在価値へ引き直すのが割引くことです。

利子率10%のもとでの例(上記)に沿って説明します。1年後の110億円、2年後の121億円の現在価値は、次のようにともに100億円です。ここで、割引く際に用いる利子率は「割引率」といいます

<割引計算の例> 割引率10%(0.1)のもと将来から現在への価値換算

・1年後の110億円の現在価値は100億円(=110/(1+0.1))

・2年後の121億円の現在価値は100億円(=121/(1+0.1)2

なお、割引く際に用いる利子率を「割引率」という。

割引計算の公式: 現在価値 = 将来価値 /(1+割引率)年数

この割引計算は、アナリストの財務分析では、企業が目標とする増益率と利益水準とから過去の利益実績を逆算することに使われています。日本企業の四半期(第1四半期、第2四半期、第3四半期)の決算短信には、今期の利益目標は記されていますが、前期の利益実績は載っていません。

そこで例えば、K社の第2四半期の決算短信に今期目標の純利益が10%増益で110億円とある場合には、前期実績の純利益は100億円(=110/(1+0.1))と割引計算で求めることができます。

なお、前期実績の純利益がわかれば、アナリストの予想が会社目標と異なるときでも、今期予想の純利益と最重要の株価指標PER(=株式時価総額/予想純利益:株価収益率)が決算説明会の会場で簡単に試算できます

例えば、K社担当アナリストの今期予想の増益率が10%でなく5%の場合には、アナリストによる今期予想の純利益は105億円(=100.×(1+0.05))。また、K社株の時価総額が2,100億円のとき、PERは20倍(=2,100/105)。そのPERの水準に基づき、K社株が割高か割安かをその場で判定できます。

最後に、将来の価値をそれよりも低い現在の価値に換算する「割引く」とは、坂の上にある将来の目標地点から現在地を見下ろすことに例えられましょう。割引く際に適用する利子率「割引率」は坂の勾配、将来価値と現在価値の差額は目標地点と現在地の標高差に相当します。

現在地から目標地点への坂の勾配と標高差は、目標達成に必要な試練。いまから登っていく坂が急で標高差が大きいほど、試練を乗り越えるために長い「時間(年数)」と多大なる知恵・工夫・努力が要求されるのです。

なお、哲学の時間論(*)に沿っていえば、割引く時間(年数)とは試練なのかもしれません。試練としての時間は、目標に向かって進む先の未来で生じ、割引くときに現在へ流れ下るのです。

時間が未来からいまへ逆流する、そんな割引きの世界へようこそ!

アナリスト工房 2016年12月12日(月)記事

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*)時間論の哲学のなかで、割引くこととは何かを理解するために参考となる文献を1つ紹介します(下記)。

「時間は意志に属す。(中略)意志が存在しないかぎり時間は存在しないからである。(中略)到達すべき目的があって始めてその目的への距離が時間として成立してくるのである。時間とは意志または努力にほかならない。(中略)時間は未来から生れて逆に現在へ過去へと流れていく」

九鬼周造 著・小浜善信 編『時間論 他2篇』岩波文庫(2016)

引用文献の著者の九鬼周造(1888-1941、京都大学教授)によると、時間とは目的への意志または努力であり、目的への距離が時間として成り立つ。目的への距離としての時間は、未来から現在を経て過去へ流れていくとのことです。