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トランプ貿易戦争は金本位への前奏

不均衡是正を急ぐ背景には、アジア発の新たな国際通貨体制の動き

2019年6月10日(月)アナリスト工房

国をまたぐ貿易では、モノと交換にさまざまな国の通貨(米ドル、ユーロ、日本円、人民元など)が受払いされます。貿易対象のモノが通貨と等価交換されることから、貿易と通貨は互いに密接な関係があるのです。
例えば、2カ国間の貿易不均衡に伴う黒字あるいは赤字の額は、当事国それぞれの通貨価値に大きく左右されます。通貨が比較的割安な国は輸出での価格競争力が高いため黒字(日中など)、逆に割高な国は輸出競争力が低いため赤字(とくにアメリカ)となりやすい。

今年は、最大の貿易赤字国アメリカが黒字諸国に対し、不均衡是正を執拗に迫る場面が続いています。米国発の不均衡是正策に伴う世界経済停滞への懸念が高まるなか、互いに異なる通貨を交換する為替市場では、1980年代の日米貿易戦争のときと同様に、主要通貨のなかで日本円の価値上昇が顕著です(下記)。

【主要通貨の年初来上昇率(*】 Jun 7th 2019時点

    ・日本円(JPY)     :   1.3%
    ・米ドル(USD)    : −0.0%
    ・英ポンド(GBP): −0.2%
    ・中国元(CNY)    : −0.5%
    ・欧ユーロ(EUR): −1.2%

80年代の貿易戦争では、レーガン米政権がドル安への是正を日独などに迫り協調為替介入を了承させた"プラザ合意(1985年)"を受けて、1ドルあたりの円相場は278.50円(82年10月の安値)から120.45円(88年1月の高値)まで吹き上がりました。当時の経験則を踏まえ、為替市場では対米貿易戦争が超円高要因とみなされるようになったのです。

21世紀のいまの日米貿易戦争では、競争力を高める目的で自国通貨安へ導くことを禁じる"為替条項”が、日本に押し付けられる可能性が高い(下記)。

「日本は、貿易での効率的な均衡を阻んだり不公正な競争優位を得たりしないよう、為替操作を避けることを確約する」
USTR『USJTA(日米貿易協定)の交渉目的』Dec 21th 2018

日米貿易協定に為替条項が盛られた場合には、アベノミクスの円安を強引に導き輸出企業の業績を押し上げてきた日銀の量的緩和は、もちろん為替操作とみなされ禁止されるでしょう。ご参考までに、緩和実施前の円相場の最高値は1ドル=75.32円(2011年10月)でした。
このように、超円高要因の貿易戦争の再来とそれに伴う日銀緩和終了への観測がいまの為替市場に広まり、日本円が年初来の最強通貨となっているのです。

ただ円高進行ペースが、歴史の経験則と緩和終了の見通しの割には、いまひとつ鈍いのはなぜでしょうか?
その答は、米メキシコ貿易戦争がはじまる直前にクローズアップされた、金本位の新たな国際通貨体制への動きと密接な関係があると推察されます。各国の通貨価値が金に裏付けられる金本位制のもとでは、為替の動きは鈍くなりますからね(以下)。

▼対米黒字上位2カ国に対する赤字削減への道筋をつけた米政権

貿易不均衡の是正を強く迫るトランプ政権は先月、対米黒字額No.1中国との貿易交渉を決裂させ、追加関税25%の対象をほぼすべての中国品に拡大することを決定(実施予定は6月末以降)。対中不均衡是正への道筋をつけた直後の5月30日、米政権は対米黒字額2位の隣国メキシコに対し、国境問題への取り組みを強く催促しながら、関税制裁への最後通牒を突きつけました。

メキシコ経由でアメリカへ押し寄せる不法移民をメキシコが速やかに阻止できなければ、6月10日からすべてのメキシコ品に追加関税5%が適用されるとの通牒でした。不法移民流入の問題が改善されない限り、その税率は7月から10%、8月から15%、9月から20%、10月から25%へ上がる予定だったのです。

アメリカの南側国境を乗り越えた不法移民のうち米国境警備隊が拘束した者は、5月の1カ月間だけでも14万人。国境手前のメキシコ国内で拘束した方がはるかに容易にもかかわらず、メキシコ政府がこれまで非協力的だった背景には、なんと麻薬と人身売買に関する巨額の犯罪利権がうかがい知れます(下記)。

「問題は、メキシコがアメリカを悪用してきたことだ。メキシコが搾取する一方、アメリカには何の見返りもない状態が何十年も続いている。メキシコは、麻薬の売人、犯罪組織、人身売買、不法入国あっ旋、不法移民によるアメリカ侵略を速やかに阻止せよ!
それができなければ、かつて南側国境を越えメキシコへ移ることが愚かにも許されてしまったアメリカの企業と雇用は、関税メリットを踏まえ本国へ回帰するぞ!」
トランプ米大統領(Jun 2nd 2019)Twitter

ちなみにアメリカでは、ヘロインの90%がメキシコとの国境から流入し、大勢の不法移民の子供たちが人身売買の犠牲者となっています。米民主党が国境の壁建設に強く反対するのは、まるで麻薬や人身売買の利権が彼ら反トランプ抵抗勢力の貴重な資金源のようですね。
麻薬の密輸も21世紀の奴隷貿易も、貿易統計には反映されませんが、アメリカの経済と社会をむしばむ”隠れ貿易赤字”なのです。

アメリカから関税制裁を突きつけられたメキシコ政府は、抵抗勢力の制止を振り切りトランプ政権の要求に応えるために、不法移民のアメリカへの流入阻止と人身売買の撲滅に急いで着手しました。

メキシコ国家警備隊は6月5日、アメリカへ向かうためにメキシコに流入した不法移民400人を、グアテマラとの国境沿いの街で拘束。翌6日には、移民集団の人身売買と違法援助を行った疑いのある26組織の銀行口座が凍結されました。反トランプ抵抗勢力の資金源を断ちながら、隠れ貿易赤字の削減がようやくスタートしたのです。

並行して米メキシコ交渉の場では、メキシコがアメリカの農家からすぐに大量の農産物を買い付けることを合意。統計に反映される貿易赤字の削減への展望も見えはじめてきました。

結果、6月10日に予定されていたアメリカの対メキシコ関税制裁の発動は、無期限停止となりました。メキシコが不法移民とその人身売買の問題解決への取り組みながら米農産物を購入し続ける限り、年内に制裁発動に至る可能性はほとんどない。米政権の貿易戦争の次の矛先は、自動車の追加関税発動が11月まで延期された日本と欧州へ向かうでしょう。

そもそも、アメリカの中国への関税制裁は昨年7月に一部の品からスタートしたのに対し、今般のメキシコへの制裁ははじめから全品が対象との最後通牒でした。いまトランプ政権が貿易赤字削減を急いでいるのはなぜでしょうか?
その答は、米メキシコ貿易戦争の最後通牒の寸前に構想が打ち出された、アジア発の金本位の新たな国際通貨体制への動きと密接な関係があると推察されます。アメリカが金本位制に参加する場合には、その前に過度の貿易赤字を解消する必要がありますからからね(以下)。

▼中国主導の金本位の新通貨体制には、日米欧など西側諸国も参加へ

マレーシアのマハティール首相は、5月30日の東京の国際交流会議で、極東(東アジアと東南アジア)の共通通貨の制度創設を提唱。この金価格に連動する貿易資金決済のための共通通貨を導入する狙いは、通貨価値を金に裏付けることにより、市場操作の余地をなくし為替を安定させることにあります(下記)。

「極東諸国が互いに協力し合うためには、共通の取引通貨(各国内で用いるローカル通貨ではなく貿易取引の資金決済のための共通通貨)の制度創設からはじめるとよい」
「われわれが提唱する共通通貨の価値は、金に基づくべきだ。金の価値は(米ドルよりも)はるかに安定しているからね」
「いまの為替取引は、通貨発行国の経済パフォーマンスよりも市場の操作に基づき為替レートが形成されているため、不健全だ!」
マレーシアのマハティール首相(May 30th 2019)国際交流会議

1997年のアジア通貨危機では、極東諸国(韓国、インドネシア、タイ、マレーシアなど)の通貨がジョージ・ソロス氏のヘッジファンドに売り浴びせられ、韓国、インドネシア、タイはIMF(国際通貨基金)の管理下に陥り、マレーシアも通貨暴落に伴う過度のインフレやGDPマイナスへの落ち込みなど大きな経済打撃を被りました。

以後、アジアの重鎮マハティール氏は、投機筋の売買に左右されない健全な国際通貨体制のあり方に関する構想を長年温めてきたのです。彼が唱える新たな金本位制の工夫点は、金連動の共通通貨の用途を貿易決済に特化したことにあります。各国内で用いるローカル通貨は金連動が必須ではないため、多くの国々の新通貨体制への参加が期待できるでしょう。

その筆頭は、金本位制の復活を狙うBRICS勢かつアジアのなかでGDP首位の中国です。中国通貨当局は昨年、投機筋に売り浴びせられた中国元を、なんと半年の長い期間(18年4−10月)にわたり金価格に連動させるリハーサルに成功したと見受けられます(**:中国元の金連動リハ成功と次の一手)。
マハティール首相の金連動アジア共通通貨の構想実現を主導するのは、金連動通貨へのノウハウ修得済みの中国でしょう。

中国が金本位制に踏み切った場合には、対中貿易を続けたい世界の国々が軒並み金本位の新たな国際通貨体制へ移行することになります。貿易不均衡を是正したいアメリカも、世界の国々と必要最小限の貿易を続けるためには、新通貨体制に参加するしかないのです。

ただ、巨額の貿易赤字国アメリカが金本位制へ移行した場合には、必要な金準備(金の外貨準備)がたちまち枯渇してしまいます。金準備を枯れさせないためには、トランプ政権は金本位移行前に不均衡是正を推し進めなければならないのが実情なのです。

先月からの米政権は、貿易相手国に対する強硬姿勢がいっそうエスカレートしており、まるで締め切りに追われているかのように不均衡是正をとてもお急ぎのようですね。いまのドル基軸の変動相場制(1973年−)が終わり、金連動の新たな国際通貨体制を迎える日は近いかもしれません。

アナリスト工房 2019年6月10日(月)記事

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*)世界の主要通貨の年初来上昇率は、基軸通貨の米ドルがBloombergドル指数(BBDXY)、他の通貨がBBDXYと各通貨の対ドルレートに基づく計算値。

**)2018年4月23日から8月15日までの約4カ月間は、ドル防衛志向の投機筋に売り浴びせられた元の対ドルレートが9.2%急落したにもかかわらず、元建ての金価格がおおむね1オンス=8300元を中心に上下わずか1.2%の狭いレンジ(8200〜8400元)で安定化しました。

翌8月16日から10月10日までの約2カ月間は、人民元の金価格連動に気づいた投機筋が元だけでなく金も大量に売り浴びせたため、中国人民銀行(中銀)による元の金ペッグ操作が比較的容易になったとみてとれます。
元建て金価格は、より元高水準のおおむね1オンス=8225元を中心に上下なんと0.9%のいっそう狭いレンジ(8150〜8300元)で極めて安定的でした(中国元の金連動リハ成功と次の一手)。