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トランプ通貨安戦争の内戦と外戦

ドル防衛に励む”通貨の番人"を征した勢いで、為替操作国に挑む米政権

2019年8月8日(木)アナリスト工房

深刻な米貿易赤字を減らすためにドルを切り下げたいトランプ政権にとって、外の敵は対米貿易で稼ぐ黒字国、内なる敵は黒字国からの投資マネーで潤い続けたい金融筋の頂点に立つ"通貨の番人"FRB(米連邦中銀)です。
貿易黒字国の稼ぎが対米投資マネーの原資となっている点に気づいた米政権は、黒字国への関税制裁を加速することにより、外の敵と同時に内なる敵への攻撃をいよいよ本格化しました。

「小幅な利下げでは不十分」とのトランプ大統領からの最終警告を軽視したFRBは7月31日、量的引き締め(過去の量的緩和で買い取った金融商品を売却することにより市場から資金回収する金融引き締め策)の終了とともに、わずか0.25%の「1回限り」の利下げを発表。
パウエルFRB議長による長期緩和局面への突入宣言を期待していた市場では直後、限定的な利下げが嫌気され株価急落とともに、ドル防衛に励むFRBの狙いどおりドル高(ドル/円はいったん109.32円まで反発)を招いてしまいました。

「いつものとおり、パウエルには失望させられた。しかし少なくとも彼は、インフレでもないのに最初からやるべきではなかった、量的引き締めを終えようとしている。とにかく、われわれは勝利した」
トランプ米大統領(Aug 1st 2019)Twitter

ところが8月1日、トランプ氏が対米黒字額No.1中国への第4弾の追加関税制裁を発表した後は、世界経済のさらなる減速への懸念を受けて、株価が大幅続落したのと同時にドルが急落に転じました(7日までにドル/円は一時105.50円までドル安進行)。経済統計が示す過去の力強い数字に忠実なFRBは、いまの世界最大の経済リスク要因を軽視していたようですね。

すでに中国からの輸入品2500億ドルに追加関税25%を課している米政権は、9月から新たに3000億ドル相当の中国品を追加関税10%の対象とする予定。以降、アメリカの中国からの年間輸入額のほぼすべてが関税制裁の対象となるのです。

米中貿易協議が予定どおり9月に再開された場合でも、2カ国の主張には依然大きな隔たり(米農産物、中国ハイテク品など)があるため、協議が物別れに終わる可能性が高い。その後、中国からアメリカへの輸入品は、ほぼすべて追加関税25%の対象となると想定されます。

ドル急落に拍車がかかった最大の原因は、トランプ大統領が第4弾の対中関税制裁に踏み切った直後に公表された、FRBの7月末時点のB/S(貸借対照表)により浮上してきました。7月末に終了した量的引き締めは、5月から規模が縮小したはずが、実は逆に規模が著しく拡大していたのです。

FRBの各月最終のB/Sに基づく量的引き締め額は、18年10月から19年4月までの月平均370億ドル(=米国債230+住宅ローン債券140)に対し、5月から7月までが月平均480億ドル(=米国債240+住宅ローン債券240)*)。FRBが19年3月に公表した計画によると、5月からの引き締め限度枠は月350億ドル(=米国債150+住宅ローン債券200)へ縮小するはずだったのに。
「引き締めをやめろ」とのトランプからの強い圧力が、パウエルのFRBの引き締めペースをすっかり狂わせてしまったようですね。

このようにFRB量的引き締めは、最後の3カ月間に限度枠オーバーでの最高の締め上げ状態(かなり強いドル高要因)に加速したまま、7月末にいきなり急停止したのです。強いドル高要因が突然解消されたことが、8月1日にいきなりドル急落に転じた最大の要因と見受けられます。
「われわれは勝利した」とのトランプ大統領の発言どおり、米政権は為替に影響を及ぼす金融政策の主導権をめぐる内なる敵との戦いにひとまず打ち勝ったといえましょう。

▼中国の元安操作にアメリカは、さらなる関税と大幅利下げで対抗へ

通貨の番人FRBのドル防衛が無力化された直後、ドルに対する人民元安を試みたのが中国です。アメリカの関税制裁が発動されるたびに元安を容認し貿易への制裁影響を軽減してきた中国人民銀行(中国中銀)は8月5日、リーマンショック後初の1ドル=7元以下の元安水準を介入で阻まずあっさり認めました。
米政権がはじめたドル安政策に中国通貨当局が元安誘導で反撃したこのとき、通貨安戦争が開戦したのです。

すかさず米財務省は、中国を為替操作国に認定しました(8月5日発表)。また米商務省では5月以前から、自国通貨を割安に操作し輸出産業を補助している国々に対し、その補助効果を打ち消す相殺関税を課すことを検討してきました。為替操作国とみなされた中国の対米輸出品は、いまは最大25%の追加関税に相殺関税が大きく上乗せされる可能性が高い

中国が為替操作国のリストに加わったことを受けて8月7日、ドル/円は一時105.50円まで急落。1月2日早朝のオセアニア市場でつけた年初来最安値104.87円が視野に入ってきました。

対する中国人民銀行は8月8日、人民元レート形成の目安として市場参加者に示す基準値を、リーマン後初の7元未満の元安水準(1ドル=7.0039元)に設定し、アメリカに反撃。前日の上海市場で一時1ドル=7.0676元まで元安進行した人民元は、貿易に配慮した中国通貨当局によるあからさまな後押しのもと、さらに切り下がっていくでしょう。

通貨安戦争が本格化するなか、中国に対する産業競争力をさらに悪化させないためにアメリカは、通貨ドルを切り下げる必要が一段と高まりました。ドル安志向が勢いづいたトランプ大統領は、ドル防衛に未練のある通貨の番人FRBをいっそう強い調子で叱咤激励しながら、大幅利下げを速やかに実施しろと迫っています(下記)。

「アメリカの問題は、プライドの高すぎるFRBが速すぎる過度の引き締めを実施した過ちを認めないことだ!大幅利下げは速やかに実施し、アホな量的引き締めはただちに終了しなければならない**)。(中略)とても簡単に対処できることなのに、FRBの無能さは見るに耐えられない」
トランプ米大統領(Aug 7th 2019)Twitter

これまでの金融政策の明らかな失敗(とくに18年12月の最後の利上げ、19年7月のごく限定的な利下げ)を政策実務に臨む姿勢とあわせてトランプ氏にズバリ指摘されたFRBは、反論の余地がほとんどないのが実情。次回FOMC(米金融政策決定会合)の9月あるいはその前に、FRBは再利下げとともに長期緩和局面への突入宣言を余儀なくされると想定されます。
FRBの協力をとりながら、アメリカは中国と互角に通貨安戦争を闘うことができるでしょう。

なお、内外の敵を激しく攻撃する自国第1主義は、イギリスが10月末にEUから離脱することを公約に掲げ、7月に誕生したジョンソン英政権も同様。16年6月の英国民投票がEU離脱を決めたとき、英ポンドとともに米ドルが急落しました(ドル/円は一時99.02円までドル安進行)。
イギリスとEUの再交渉が合意に至っても至らなくても国内外の離脱反対の意見は退けられ、予定どおり英EU離脱が実現するとの見通しが強まるなか、その日までにドルは円に対し1ケタ切り下がるかもしれません。

アナリスト工房 2019年8月8日(木)記事

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*)量的引き締め額の計算値は、FRB公表の各月最終水曜のB/S(貸借対照表)に計上された米国債と住宅ローン債券の額に基づく。
なお、量的引き締め開始直前の17年9月末には4.46兆ドルあったFRBの総資産は、終了時の19年7月末には3.78兆ドルの水準まで6800億ドル減少しました。

**)19年7月末に量的引き締めを終えたと公表したFRBは、翌8月からは月200億ドル以内の米国債購入および同額の住宅ローン債券売却を実施予定(7月31日公表)。

FRBの言い分は、8月以降の各月の米国債購入額と住宅ローン債券売却額が互いに等しいことから、正味の引き締め額がゼロとなるため、量的引き締めが実質終了した。一方でトランプ大統領が指摘したかったのは、8月から米国債での量的引き締めが量的緩和に切り替わった反面、住宅ローン債券での量的引き締めがいまも続いている事実と推察されます。