撤退を急ぐ米軍の対イラン過激策

中東駐留の大義名分は断捨離。トランプの狙いどおり米軍撤退加速へ

2020年1月9日(木)アナリスト工房

日本が正月休みの新年の海外市場では、イラクでの米軍によるイラン司令官暗殺テロを受けて”有事のドル売り・円買い”が生じ、円相場は一時1ドル=107.84円まで円高進行(昨年末は108.61円)。その流れのまま正月明けの東京市場がはじまり、8日には1ドル=107.65円まで円は年初来高値を更新した。

読者の皆さんのなかには、先月のXマスデーの”円高フラッシュクラッシュ(薄商いのなか一瞬106.47円まで円急騰)”をきっかけに、円高基調の2020年を予感した方々がきっと何名かいらっしゃるでしょう。

実は、あからさまなドル安志向のトランプ政権が有事のドル売りを招いたイラン司令官暗殺の計画を策定しはじめたのは、イラク北部の基地がロケット砲で攻撃され米軍属1名が亡くなった、Xマス直後だった。

アメリカによる暗殺計画の策定は、国家安全保障担当のオブライエン大統領補佐官(ボルトン氏の後任)が主導し、ポンペオ国務長官、ペンス副大統領、マルバニー大統領首席補佐官代行がメンバーに含まれている。

並行して米軍は12月27日、イラン傘下のシーア派武装組織のイラクとシリアにある5拠点を空爆し、25名の戦士を殺害。テロ集団IS(ダーイッシュ)を退治してきたシーア派武装組織は、実はイラクでは実質的に国軍と同様の役割を担う。

なお、トランプ氏は16年の大統領選演説のとき、ISの創設者がオバマ前大統領とクリントン元国務長官だと、聴衆とメディアに繰り返し語った。反トランプ抵抗勢力(軍産複合体など)の息がかかったオバマ前政権は、現地で内戦を引き起こしながら米軍駐留を無理やり続けてきたと見受けられる。

<海外米軍をめぐる米政権と抵抗勢力の対立>

・米軍を撤退させ、深刻な財政赤字を削減したいトランプ政権

・米軍駐留を続け、現地の利権を貪り続けたい反トランプ抵抗勢力

自国の軍人たちを殺されたバグダッドの数千人の民衆が、12月31日から2日間にわたり米大使館前でデモを展開。浴びせられる催涙ガスにも負けず、彼らは大使館に投石し敷地内へ突入した。かつてスンニ派のフセイン政権を打倒のうえイラクを占領しシーア派政権を強引に樹立させたアメリカは、いまではシーア派住民が6割を占める現地の民意をすっかり失っている。

トランプ政権が策定したイラン司令官暗殺計画が大統領の承認を得て実行されたのは、新年1月3日。その内容は、やはり念願の米軍撤退にはとても効果的な演出だった。

イラクを訪れたイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官は、バグダッド空港内を車で移動中、現地のシーア派武装組織のムハンディス副司令官ととも米軍ドローン(無人機)に爆撃され戦死。現地イラクの政府に通知せずに武力行使したアメリカの暗殺テロは、明らかに国際法違反だ。

国民の英雄ソレイマニ氏を殺されたイラン革命防衛隊の幹部が「35のアメリカの中東拠点とテルアビブが射程圏内だ」と威嚇したのに対し、トランプ大統領はイランの文化に重要なスポットを含む52拠点を攻撃するぞとやり返した。重要文化財への攻撃も国際法違反。このとき、米政権の狙いどおり、アメリカは米軍の中東駐留の大義名分を失った。

「イランがアメリカの国民あるいは資産を攻撃した場合には、アメリカはイランの52拠点(=昔イランが人質にした米国人の人数)を攻撃するぞ。そこには、イランとその文化に極めて重要なスポットが含まれる。攻撃は超速やかに実行され、極めてハードなものとなるだろう」

トランプ大統領(Jan 4th 2020)Twitter

▼「すべて順調だ!」発言は、反トランプ抵抗勢力に対する勝利宣言

退去するようイラク政府から迫られた米軍主導の有志連合は1月6日、現地の米軍司令官からイラク国防省に宛てたレターで「イラク共和国の主権に敬意を表し、イラクの議会と首相のご要望どおり、有志連合軍は数日あるいは数週以内に転進する」と通告。直後、連合司令部はクウェートへ向かいはじめた。

大義名分のない無益な死を望まない戦場の軍人は、軍産複合体とは一線を画しており、米軍撤退を進めているトランプ政権側だ。

数十万人以上の民衆が集結したソレイマニ司令官の国葬の翌7日、イランは米軍が使用するイラクの基地に弾道ミサイルを10数発発射し、11発が2つの基地に直撃。ミサイルの命中箇所が武器などの倉庫に限られており、米軍への人的被害を防ぐイランの配慮がみてとれる。

命中精度が極めて高いイランのミサイルが優れている一方、米軍の防空網はほとんど役に立たないのが実情。軍産複合体(のなかの米兵器産業)の面目は丸つぶれだ。

なお、イラク首相府は在イラク基地空爆の事前通知をイランから口頭で受領したことから、イランによる米軍への反撃は国際法違反ではない。隣国による空爆を受け入れてまで米軍を追い出したいイラクでは、米軍駐留を続けることはもはや不可能な状況。米軍撤退を急ぐトランプ政権の狙いどおりだ。

在イラク基地の米軍が空爆された直後、トランプ大統領は「すべて順調だ!これまでとても良好だ!」とのツイートは、米軍駐留を続けたい軍産複合体への勝利宣言と見受けられる。米政権の真の敵はイランでなく反トランプ抵抗勢力だ。

イランは攻撃がエスカレートし戦争に至ることを追求しないが、いかなる侵略行為に対しても防衛する」

イランのザリフ外務大臣(Jan 8th 2020)Twitter

「アメリカは偉大な軍隊と軍備を有するが、われわれはそれらを使う必要がないし使いたくもない」

トランプ大統領(Jan 8th 2020)ホワイトハウスでの演説

イランによる在イラク米軍空爆の翌8日、イランのザリフ外相が「攻撃がエスカレートし戦争に至ることを追求しない」との声明を公表後、トランプ大統領は「軍隊と軍備を使う必要がないし使いたくない」と演説。米イランともに戦争を避ける意志が鮮明となり、有事のドル売り・円買いはひとまず後退した。

足元は1ドル=109円台前半まで円安進行(1月9日現在)。為替市場は昨年Xマスデーにつけた110.29円(薄商いのなか106、47円までの円高フラッシュクラッシュ後に戻りすぎたときの円の瞬間的な安値)を試そうとしている。

とはいえ、軍隊を撤退させるときは、敵に追撃されないよう、好戦的姿勢を崩さずに退くのが兵法の鉄則。米軍撤退に伴う好戦的姿勢が再びエスカレートし有事再発に至るリスクには、撤退完了までまだまだ予断を許さない。

アナリスト工房 2020年1月9日(木)記事