元建て原油の爆買いが崩すドル基軸制

対中原油取引でのドル外しがペトロダラーに終止符。多軸の通貨体制へ

2018年2月22日(木)アナリスト工房

深刻な政府債務問題を抱えシャットダウン(政府機関の閉鎖)とデフォルト騒動を繰り返すアメリカ合衆国は、もちろんすでに実質破たんの状態にあります。なのに、その通貨ドルがいまも世界の基軸通貨の地位にあるのは、産油国がドル建ての原油を輸出した稼ぎで米国債を買い支える"ペトロダラー”の仕組みが機能してきたためです。

1973年の狂乱物価を招いた第1次オイルショックの直後から、物価急上昇の原因となった油価高騰で潤う産油国は、原油の販売と受取代金の貯蓄をドル建てで行いアメリカへキャッシュバックするよう強いられてきました(*)。

なおオイルショック直前には、イスラエルとアラブ諸国(エジプト、シリアなど)の間で第4次中東戦争が開戦。以降、アメリカは中東への関与を積極化し、"世界の火薬庫"と化した同地域からの原油安定供給への不安が油価を支えてきました。

アメリカの財政調達とドルの基軸制を支えてきたペトロダラーが機能するためには、原油市場の価格がドル建てであることが必要です。しかも原油価格が高いほど、より多額のドル資金が産油国の米国債投資を通じてアメリカへ還流するため、ペトロダラーの効果が大きくなります。

ところが、アメリカを抜き最大の原油輸入国となった中国の原油市場で人民元建て取引が来月はじまること(下記1節)と、米国産原油の増産・輸出ラッシュとそれに伴う油価低迷への悪影響(2節)を受けて、ペトロダラーの仕組みが崩れる可能性が高い

1.産油国が受取代金を選べる(人民元あるいは金塊)中国市場の特典

来月26日、上海国際エネルギー取引所は"人民元建て原油先物"を取引開始予定(今月9日に正式発表)。

原油先物取引の対象となる国際指標は、アメリカのWTIも欧州の北海ブレントもドル建てに対し、新たな上海の原油指標が初のドル以外の通貨建てです。原油輸入を抑えているアメリカに代わり昨年から輸入量No.1となった中国は、旺盛な購買力を武器に原油取引でドルを外し、ペトロダラー体制に挑む姿勢を明確に示しました。

産油国にとって元建ての中国原油市場の最大のメリットは、資金決済でのドル外しの仕組みにより、アメリカからの経済制裁を受けてドル資金口座にアクセスできなくなった場合でも原油代金が受領できることにあります。

ドルの国際資金決済は"SWIFT(米国主導の国際資金決済システム)"を通じて行うため、いまアメリカが制裁中の多くの産油国(ロシア、イラン、ベネズエラなど)は、販売先の国々が振り込んだドル資金を国内へ持ち込めない。このようなドルの資金決済リスクを回避したい産油国は、来月からの中国のドル外し市場の創設をきっかけに対中取引をいっそう拡大してゆくでしょう。

サウジを追い抜き2016年から対中原油輸出No.1となったロシアは、すでに人民元で原油代金を受領しています。今年1月には、ロシアから中国へ原油を運ぶ"東シベリア・太平洋パイプライン(ESPO)"の供給能力が倍増しました。

また、中国市場には人民元を(欧米市場のような証書のペーパーゴールドでなく)現物の金塊と交換できる上海黄金交易所があるため、産油国は中国から受け取った元を容易に金塊へ替えることができます。昨年、金保有量をいちばん伸ばした国は、真っ黒な原油と引き換えに中国から黄金を持ち帰り外貨準備に積んだロシアです。今年1月の中央銀行の金保有量は、なんとロシアが金産出量No.1の中国を超えました。

ロシアに抜かれ原油のシェア低下傾向のサウジは、中国の顧客から原油販売価格をドル建てから元建てへ切り替えるよう促されています。

今年後半には国営石油会社サウジアラムコのIPO(株式上場)が予定されており、資金難のサウジがIPOで必要な額を調達するためには、最大の原油輸入国(中国)でのシェアを取り戻すことが大切。サウジアラムコ株の中国への割当とともにサウジ原油の元建て化がドル外しを加速させる可能性は高い。

2.トランプ政権のエネルギー自給強化策もペトロダラー駆逐へ作用

サウジ原油の苦戦は、ロシア産にシェアを奪われた中国市場だけでなく、原油の自給と輸出に励むアメリカの市場でも同様です。ペトロダラー体制のもと40年間禁じられていた米国産原油の輸出が2015年12月に解禁されて以後、輸出振興と増産ラッシュに転じたアメリカの原油生産量は2017年にはサウジを抜き首位ロシアに迫り、輸入量はサウジ産を中心に激減しています。

今年1月、エネルギー開発に注力する米政権は、これまで原油・ガスの採掘が禁止されてきた連邦大陸棚の90%超を採掘解禁する方針を打ち出しました。なかでもアラスカ北東部のANWR(北極国立野生動物保護区)の沿岸沖は、比較的豊富な原油が埋蔵されている有力案件として注目されています。

巨額の米貿易赤字を改善したいトランプ大統領は、産業競争力を取り戻すためにドル安志向であるのと同時に、産油国から投資マネーを集めドルの価値を守るペトロダラーにはもちろん否定的。なので、アメリカ沖での原油・ガス採掘解禁の方針は、エネルギー分野での米貿易収支を上向かせるのと同時に、産油国の投資マネーとなる原油代金の支払いを減らし断つ狙いがみてとれます。

先週12日公表のEIA(米エネルギー情報局)の予測によると、アメリカは2022年には原油とガスを合わせた資源の輸出量が輸入量を上回る"エネルギー純輸出国"へ転じる見通し。エネルギー自給体制が確立したときには、増産ラッシュに伴い安くなったエネルギー価格が、多くの産業の原燃料コスト削減に大きく貢献しているでしょう。

以上、産油国が原油を人民元へそして金塊へ替えられる中国市場でのドル外し拡大と、エネルギー自給を目指すアメリカの原油増産・輸出の加速は、ともに産油国がドルで受取る原油代金を減少させる要因。なので、産油国のドル建ての稼ぎをアメリカへ還流させドルの基軸通貨としての地位と通貨価値を守るペトロダラーの仕組みは、まもなく崩れはじめる可能性が高いのです。

なお、米中の原油政策の狙いどおりドルが価値切り下げとともに基軸制を失った場合には、投資・投機マネーに通貨価値を左右されたくない中国が人民元取引の完全自由化を望まないなか、唯一の基軸通貨でなく複数の主要通貨(ドル、ユーロ、円、人民元など)を軸とした国際通貨体制へ移行するでしょう。

多軸の通貨体制のもとでは、軸の通貨が複数に分散されていることにより、特定の通貨への過度の集中リスクが是正できる効果が期待できます。そして何よりも、それぞれの通貨発行国が責任もって自国通貨の価値を守り通す時代の幕開けを望みたい。

アナリスト工房 2018年2月22日(木)記事

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*)サウジアラビア産アラビアンライト原油の1バレルあたりの価格は、第1次オイルショックがはじまった1973年10月に突然70%値上げ(3.01ドル→5.12ドル)のうえ、翌74年1月には11.65ドルへ引き上げられた。