中国の通貨バスケット制とその狙い

「米国の覇権に挑む中国政府は3.4兆ドルの外貨準備を活用し、IMFや世界銀行など西側主導機関に代わり大規模な政策金融を担っていく。西側の要求に応えたくない新興国にとって、中国はいちばんの貸し手となる。英国やドイツなど米国の同盟国は、経済パートナーを分散し中国の繁盛にあやかろうと、これからも中国に引率されていく。結果、世界の通商ルールを米・中のどちらが決めるかをめぐる長期の摩擦は拡大する。」

イアン・ブレマー『リーダー不在が招く混乱の2016年』米タイム誌Dec 28, 2015号

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2015年12月25日(金)アナリスト工房

今年は、G7の過半数の国々が中国主導の国際通貨体制への布石となるAIIB(アジアインフラ投資銀行)へ参加表明したのに続き、人民元がIMFのSDR(国際通貨基金が発行する特別引出権:*)に加わることが決定しました。

いまのSDRを構成する4つの通貨(ドル、ユーロ、ポンド、円)がいずれも為替レートの形成を市場に任せる変動相場制に対し、来年10月からそこに加わる人民元は国家が市場に深く関与してレートを値決めする"管理変動相場制”です。

管理変動相場制の元の市場レートは、毎朝PBOC(中銀の中国人民銀行)が”基準値"を定め、その上下2%の範囲での変動しか許されません。しかも、頻繁な為替介入を通じて、元レートはより狭いレンジでコントロールされています。

また年明けには、中国が他の新興国勢とともにIMFへの出資比率を拡大し(**)発言力を高めるのと引き換えに、ギリシャなど多重債務国への追い貸しを続けてきたIMFの資金不足は和らぐ見込みです。

このように中国は、自らの通貨体制を普及させるためにライバル勢(米国とドルの覇権を支える政策金融機関IMF)の懐に深く入り込み、まるで国と通貨の国際的地位を”爆買い"しているかのようですね。

基軸通貨と一線を画するための通貨バスケット制

異質な新興国とその通貨が先進国中心の土俵に上がってきたことに伴い、世界の通商ルールをめぐる両陣営の間での摩擦が次々と生じています。

なかで最も注目されるのは、人民元の為替レートならびに世界経済に大きな影響を及ぼす、"通貨バスケット制”のルールが復活したことです。

管理変動相場制のもとでのこの通貨バスケット制とは、複数の通貨の組み合わせを1つのバスケットとみなし、中央銀行が自国通貨の価値をバスケットの価値におおむね連動させることにより、為替の安定をはかる通貨制度です。

12月11日にPBOCが公表した通貨バスケット「CFETS(中国外国為替取引システム)人民元指数」の構成は、中継貿易を除く世界の貿易額を参考に、ドルが26.40%、ユーロが21.39%、円が14.68%など全13通貨

従来の人民元レートが基軸通貨ドルだけを参照し形成されていたのに対し、本件後は元の価値に占めるドルの比率がわずか4分の1に低下しています。すなわち、PBOCがこの通貨バスケットを打ち出したことは、人民元がドルと一線を画するとの宣言といえましょう。

いったいなぜ、中国は人民元のドルとの連動性を大きく低下させたのでしょうか?

その主な理由は次の2つと考えられます。

対ドルでの元安誘導により、輸出競争力を保つ

1つめは、過去の通貨バスケット制(2005年7月-2008年6月)を終了したときと同様に、自国通貨安を保つことでもって輸出競争力を高める狙いです。

当時のリーマンショック(2008年9月)から米国デフォルト騒動(2011年8月)までの3年間は、対ドルの円相場が42%も急伸したのに対し、ドルに連動させた元相場がわずか7%の上昇に抑えられています。

結果、米議会から"為替操作国”との非難を浴びたとはいえ、中国は基軸通貨の急落にもかかわらず輸出競争力を保ち続けました。

今2015年は、中国の世界一の貿易黒字が膨らむ一方で輸出が伸び悩んでいます(***)。

そこでPBOCは、ドル独歩高のなか8月に人民元切り下げに踏み切ったうえで、12月には通貨バスケット制を復活させドル連動を薄めることで、元の対ドルレートを低下させました。

自国通貨安でもって競争力低下を防いだ中国は、最大の輸出先である米国向けの輸出額を堅調に伸ばしています(***)。

為替を安定させ、世界の国々に人民元の活用を促す

通貨バスケット制の最大のメリットは、自国通貨の価値を複数の通貨で裏づけることにより、為替レートを安定させる効果です。1つの通貨の価値が大きく変動した場合には、バスケット内の他の通貨がその影響を緩和するからです。

いまドル建ての債務を抱える新興国とその企業は、ドル高のなか返済負担が重くなっており、ドル以外の主力通貨へのニーズが広まっています。

そのニーズに応え、人民元の普及と中国主導の通貨体制を敷くことが、今般の通貨バスケット制の2つめの狙いと考えられます。

2016年以降は、AIIBなど中国主導の政策金融機関の貸出案件が次々と実行される予定です。

借り手の新興国勢が人民元建てでの実行を選んだ場合には、その通貨バスケットに先進国だけでなく新興国通貨(ルーブル、タイバーツなど)も含まれているため、1つの通貨の価値上昇時の為替リスクが大幅に軽減されます。

先進国企業のドル建てでの輸入においても、その為替が不安定なことから、ドルに代わるリスクの小さな主力通貨が待望されている状況です。

その点、為替の安定効果が期待できる通貨バスケット制の人民元は、資金の貸借、貿易の決済での活用メリットが大きい

以上、中国の通貨バスケット制は、輸出のテコ入れと同時に自国通貨と通貨体制を世界に広めることが狙いと見受けられます。

2016年も、変動相場制の先進国通貨とは異質な独自のルールに伴う摩擦が続くと想定されますが、為替リスクを抑えた点が好感されれば人民元の活用はいっそう拡大していくでしょう。

株式会社アナリスト工房

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*)SDR(特別引出権)は、IMF(国際通貨基金)が加盟国へ配分する独自の通貨。加盟国の保有するSDRは、いざというときに普通の通貨へ替えることができる。その価値は、いまは4つの主要通貨(ドル41.9%、ユーロ37.4%、ポンド11.3%、円9.4%)に裏づけられているが、2016年10月からは人民元が加わる(ドル41.73%、ユーロ30.93%、人民元10.92%、円8.33%、ポンド8.09%)。

**)2016年、IMFは新興国勢(中国、インド、ロシアなど)の増資を主体に出資金総額をいまの2.0倍へ拡大予定。その際に中国の出資比率は、いまの4.00%から6.39%へ急増する見込み。

***)今年1−11月の中国貿易統計(12月8日公表)は、収支の黒字額が前年同期比62.1%増と膨張も、輸出額は同3.0%減と伸び悩んでいる。ただし、最大の輸出先である米国への輸出額は前年同期比4.1%増と堅調。