FRB資産縮小の効果が乏しい理由

米中銀のバランスシート削減のペースが金融引き締めには不十分

2017年9月25日(月)アナリスト工房

先週20日、FRB(アメリカ中銀)は過去の量的緩和(中央銀行が国債などを買い取ることにより市場へ資金供給する金融緩和策)で取得した米国債などの資産を削減する金融引き締め策を決定。リーマンショック直後から2014年までにわたりFRBが大量に買い取った米国債と証券化商品(合わせて3.7兆ドル)は、来月からその一部が満期継続されなくなるため、残高が減少していきます。

FRBが継続しない資産(米国債と証券化商品)は満期の訪れとともに現金化され、現金は通貨を発行するFRBの負債なので、資産と負債は互いに相殺・消去。量的緩和に伴いリーマンショック前の5倍の規模に膨らんでいるFRBのバランスシート(いまの資産残高は4.5兆ドル)は、来月から縮小に転じます。

すなわち、今回のFRBの新たな金融政策は、みずからのバランスシートの資産・負債を減らしていくことにより、過去に実施した量的緩和を巻き戻す”量的引き締め”といえましょう。

通貨の番人FRBの引き締め目的は、もちろん”ドル防衛”。巨額の貿易赤字国アメリカが世界の投資マネーを呼びよせ巨額の資本黒字を維持していくためには、海外投資家が為替差損を懸念せずに済むよう、ドル通貨の価値を安定させることが必須ですからね。

しかし、昨年12月、今年3・6月の3回の利上げ(0.25%×3回引き上げ後のいまの政策金利は1-1.25%)の直後と同様に、今回の引き締め決定後もドルの反発力が弱い。ドル通貨の価値を表すICEドル指数(*)の先週末は、年初来安値を更新した1週間前に対しわずか0.9%高。ドルの上値の重い展開が続いているのはなぜか?

理由は2つ。1つは、FRBのバランスシートを縮小させる量的引き締めのペースが遅すぎるため、かんじんな引き締め効果が発揮できないこと(下記1節)。もう1つは、いまのアメリカ経済の芳しくない実態を踏まえ、今回9月に見送られた利上げを12月に実施することが難しい実情です(2節)。

1.足の速いウサギ(緩和)よりもはるかに遅いカメ(引き締め)

FRBの資産削減の限度枠は、当初10月からは月100億ドル(=米国債60億ドル+証券化商品40億ドル)、来年1月からは月200億ドル(=米国債120億ドル+証券化商品80億ドル)。以後3カ月ごとに引き上げられる限度枠は、早くも来年10月には上限の月500億ドル(=米国債300億ドル+証券化商品200億ドル)に達してしまいます。

過去の量的緩和のペース(毎月の緩和額が定められていたときの最大は月850億ドル)との比較では、来月からの量的引き締めはとくに当初が退屈なくらいゆっくりなスタートですね。

FRBが保有している米国債2.5兆ドルのなかで、2018年に満期を迎えるのは4,300億ドル。うち上記限度枠のもとで実際に削減されるのは、今年6月公表の計画骨子によると2,300億ドルに過ぎない。差し引き2,000億ドルの米国債は、FRBが量的緩和時と同様に市場から買い取ることで満期継続します。

正味の量的引き締め額が年間でわずか300億ドル(=引き締め2,300億ドル-緩和2,000億ドル)では、引き締めでのドル防衛効果はほとんどない

翌2019年に満期を迎える米国債3,700億ドルは、削減が2,600億ドル、継続が1,100億ドル。正味の引き締め額が年1,500億ドル(=2,600億ドル-1,100億ドル)では、過去の量的緩和を段階的に縮小のうえ終了した直前(2013年11月-2014年10月の緩和額は2,650億ドル)よりもスローペースなので、引き締め効果は期待できません。アクセル(緩和)から足をきちんと離さない限り、ブレーキ(引き締め)の効き目は乏しい

2.ハリケーンが吹き飛ばした、引き締め強化への利上げ環境

FRBのバランスシート縮小での量的引き締め決定後もドルの上値の重い展開が続くもう1つの理由の舞台裏は、アメリカの深刻な債務問題から紹介しましょう。今月8日、米政府債務残高の上限(従来は19.81兆ドル)を引き上げる法案が成立。12月8日までは、連邦政府の歳出をまかなうために必要な債務の上限額が実際の残高に沿って引き上げられていきます。

足元の政府債務残高は20.14兆ドル(9月21日時点)。上限引き上げから2週間足らずで3,300億ドルも急増している背景には、先月から超大型ハリケーンがアメリカ南東部(テキサス数、フロリダ州、自治領プエルトリコなど)を次々と直撃し、国土の被害がとんでもない規模へ拡大している実態がみてとれます。

今後も被災地の復旧に向けて債務残高が上限とともにいっそう膨らむ懸念は、FRBのバランスシート縮小での量的引き締めと同様に、債務をまかなう米国債の価格弱含み(利回り強含み)とともにドルの上値が重い原因です。

そのうえ、もしもFRBが今回9月に見送った利上げでの引き締めを12月に実施した場合には、そのさらなる引き締めが米国債をはじめドル建て債券の価格急落を招き、かんじんなドル防衛の効果が不発に終わる可能性があります。

債券のなかでもとくに信用リスクの高いサブプライム(低所得者向け)の自動車ローンの証券化商品が価格暴落した場合には、サブプライム問題が引き起こしたリーマンショックに続く金融危機を招く危険が浮上するでしょう。

利上げしてもドル防衛が難しいなか、通貨の番人は9月に続き12月も利上げを見送る展開が濃厚です。

もしもアクセル(量的緩和)とフットブレーキ(量的引き締め)を同時踏みしたまま、さらにサイドブレーキ(利上げでの引き締め)を強く引いた場合には、不安定な自動車(アメリカ経済)がますます迷走してしまいますからね。

アナリスト工房 2017年9月25日(月)記事

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*)米インターコンチネンタル取引所(ICE)が算出するICEドル指数(略称:DXY)は、先進国通貨に対するドルの価値を表す通貨指数。その価値の基準となる通貨バスケットは、ユーロ57.6%、円13.6%、ポンド11.9%、カナダドル9.1%など全6通貨が構成する。そこには人民元、インドルピーなど新興国通貨が含まれていない。