ドル通貨の番人が最期に守る米国債

海外中銀から回収したドル資金を活用し、米国債買い支えのQE4は加速へ

2020年9月4日(金)アナリスト工房

米連邦政府の債務残高は、新型コロナ恐慌対策に伴い、すでに年初来3.5兆ドル増の26.7兆ドルに膨らんだ。債務をまかなう米国債は、FRB(米連邦中銀)が保有高を年初来2.1兆ドル増やした(9月2日時点)。アメリカの債務増加額の過半(60%)が安定的な中銀引き受けにもかかわらず、市場では米国債とその通貨ドルの需給が急速に悪化している。

8月中旬の米10、20、30年物国債の入札は、前の月までの好調から一転し、軒並み低調と化した。下旬には、10年物利回りが一時0.79%まで上昇(価格が低下)し、3月に付けた過去最低利回り(0.31%)の2.5倍の水準に跳ね上がった。以後も米国債市場は、大きな問題を抱えている実態を世界へ暴露するかのように、明らかに不安定な値動きを続けている。

米国債の価格不安定の根底には、貿易黒字額No.1の中国が米国債投資に消極的な実態あり。かつてアメリカにとって最大の債権国だった中国の米国債保有高は、13年11月末の1兆3167億ドルのピークに対し、20年6月末には1兆0744億ドルと18%減少一方、同期間の米連邦政府の債務残高は54%も膨らんだ(13年11月末:17.2兆ドル→20年6月末:26.5兆ドル)。

対米黒字国が貿易の稼ぎを米国債投資でキャッシュバックする仕組みが廃れたなか、米政府債務をまかなう米国債の発行激増には大きな無理がある。

「米国債消化不良→米国家デフォルト」への懸念を受けて為替市場では、米ドルが急落。ドルのさまざまな通貨に対する為替レートを指数化した「Bloombergドル・スポット指数」は、3月に付けた年初来高値に対し、9月1日には一時11%安の水準まで年初来安値を更新した。

その日の主要通貨の対ドルレートは、中国元(CNY)と欧州ユーロが年初来高値を更新した一方、日本円が3月に付けた年初来高値(1ドル=101.19円)には程遠い低水準のまま。円がドルに連れ安の舞台裏では、いまアメリカの最大の債権国である日本が米国債とその発行国の大きなリスクを背負っている。

19年6月から中国を抜き米国債保有高No.1に浮上した日本は、米財務省公表の最新データによると、翌20年の米国債保有高が半年間でなんと1061億ドル膨らんだ(19年12月末:1兆1552億ドル→20年6月末:1兆2613億ドル)。外国勢の米国債引き受け額(同期間における米国債保有高が1947億ドル増)の過半を日本が担っている。

ところが、18年からは貿易赤字国に転落した日本は、米国債を買い支える正当な原資(貿易で稼ぐ黒字額)がない状態。過去の蓄えを取り崩す海外投資は、どうしても資金量が限られるため、けっして長続きしない。

そもそも、新型コロナ恐慌時の海外からの米国債投資は、カントリーリスク(財政破たんにより米国債とドルが暴落する危険)に見合ったリターンがまったく追求できそうにない。いまの米国債をしっかり買い支えられるビッグプレイヤーは、アメリカのカントリーリスクとは本来無縁のFRB(米連邦中銀)だ。

QE4(量的緩和第4弾)を実施中のFRBは今年、米連邦政府の債務増加額の60%を、市場で米国債を買い取ることにより引き受けてきた(冒頭)。すでにアメリカは、政府債務の大半を中央銀行が引き受ける「財政ファイナンス」へのルビコン河を渡った。

昨秋スタートしたQE4と国内外のレポオペ(米国債などを担保に金融機関への資金貸付)による市場への資金供給残高は、これまでのピーク(6月3日:3兆2008億ドル)からやや減少後、7月上旬からは3.0兆ドルを中心におおむね横ばい推移(最新の9月2日は3兆0302億ドル:図表)。

資金供給残高の伸び悩みは、FRBが米国内のレポオペ(ピークは3月17日の4957億ドル)でNY市場の金融機関勢へ貸し付けた資金をすでに全額返済させたうえ、海外レポオペのための通貨スワップ(海外中銀への貸付:ピークは5月27日の4489億ドル)で海外中銀からの資金返済を強く促していることによる。一方、QE4でFRBが買い取った米国債の残高は、一貫して毎月急増中。

これまでのFRBの狙いは、国内外のレポオペのドル資金を回収することによりドルの通貨価値を保ちながら、発行激増中の米国債の暴落を防ぐことだった。

しかし、ドル防衛のための資金回収対象として唯一残った通貨スワップは、足元9月3日の残高が前日比169億ドル減の721億ドルにすぎない(FRB傘下のNY連銀公表)。スワップ残高の減少ペースから、10月にはドル防衛の原資が尽きると想定される。その場合、米国債暴落を防ぐために続行されるQE4がFRBの資金供給残高を再び勢いよく押し上げることにより、ドル急落がいっそう本格化する。

同時に、通貨の番人FRBは「米国債の番人」として生まれ変わるだろう。

アナリスト工房 2020年9月4日(金)記事