米国市場に再び音楽を鳴らす裏QE

リバースレポの珍事が示唆。細るQEを補う謎のマネーは、放漫な米財政資金

2022年1月31日(月)アナリスト工房

米連銀は先週、QE(量的緩和)を終える時期を3月半ばから3月上旬へ前倒しすることを決定したのと同時に、次回のFOMC(アメリカの金融政策決定会合:3月15-16日)で政策金利の引き上げに踏み切る姿勢を鮮明に示唆した。市場では以降、年内7回連続(3、5、6、7、9、11、12月)の利上げ観測が有力。深刻なインフレの退治に励む米連銀の利上げ幅は、毎回0.25%とは限らない。2000年5月以来の0.5%利上げも、1994年11月以来の0.75%利上げも、十分に想定される。

なお、利上げ開始後の米連銀のバランスシート縮小策(連銀が過去のQEで買い取った金融商品の保有を減少させることにより、市場から資金回収する引き締め策)は、7月までに始まるとの市場観測が強い。


緩和終了直後の情け容赦ない引き締めラッシュへの懸念が一段と強まったにもかかわらず、市場の債券も株式も価格が一気に崩れず意外と底堅い。とくに米国債は、入札が幅広い年限にわたり軒並み好転している。急落した後の株価の反発力が妙に強いのも不自然だ。すでに細ったQEマネーを補助し、政策的に金融商品を買い支えている大量の「裏QEマネー」の存在が伺い知れる。

アメリカの債券や株式を支える大規模な裏QEの担い手は、連邦政府と見受けられる。米連邦政府が決済口座TGAの預け先の連銀を通して支払った巨額の資金のなかには、支払先の企業や団体での資金運用など市場へ向かい投資マネーと化し、金融商品の市場価格を保つのに貢献するお金が豊富なようだ。


米連邦政府の債務残高が法定上限28.88兆ドルで横ばいだった昨年12月15日までの最後の2週間は、財務省が管理する政府預金TGAの残高は1008億ドル減少(図表)。結果、連銀が実施中の資金回収策リバースレポ(米国債を担保に連銀が金融機関から資金借入)は12月15日、1兆6211億ドルに膨らみ過去最高を更新した。

TGAの預け先FRBの週報(B/Sのページ)に基づき作成

リバースレポ需要が急増する時期は、通常ならば月末。だが、運用先の金融機関などで余ったTGA発の巨額マネーの一部がリバースレポに殺到したのならば、月末から最も遠い時期にリバースレポ残高が跳ね上がった珍事の理由がしっくりくる。

イエレン財務長官は前のFRB議長(連銀トップ)。イエレン氏の財務省は、政府の資金繰りを工夫しながら、緩和終了・引き締め開始への環境づくりにずいぶん協力的とみてとれる。

▼ジュークボックス用の豊富なコインは依然急増。市場参加者の踊りは今春も

先週1月26日、アメリカの政府債務残高は29.88兆ドルと、引き上げ後の新たな債務上限のもと、わずか6週間でなんと1兆ドルも膨らんだ。政府預金TGAの残高は6396億ドルと、平残3000〜4000億ドルを大きく上回る水準にたっぷり積み上がった(上図)。昨年12月15日以後の債務膨張額の58%(=(6396億ドル-583億ドル)/1兆ドル)がTGAにたっぷり貯め込まれている


米政府預金TGA潤沢化の舞台裏では、1.75兆ドル規模の気候変動・社会保障関連の大型歳出法案が、与党民主党の上院議員2名(マンチン、シネマの両氏)の反対により、与野党議員50名ずつの上院では可決の見通しが立っていない。その歳出法案は、反対する与党議員2名の意向どおり当初3.5兆ドルから規模半減したが、両氏が指摘する「巧みなごまかし」や「からくり」だらけの欠陥が改善されないなか、とん挫しているのが実態。

「アメリカ人は、腐った哀れな政治家たちにうんざりしている」

“Americans are sick of the rotten and wretched political class”

トランプ45代大統領(Jan 30th 2022)テキサス州での集会

結果、アメリカの豊満財政支出に歯止めが強く掛かるなか、市場に再び音楽を鳴らすジュークボックスに投入するコインは、すでに豊富に貯まった。年明けに踊りを中断した債券市場と株式市場の参加者たちは、音楽に合わせリズミカルなステップを早くも再開し始めている。


足元の米政府債務残高29.88兆ドル(1月26日時点)は、新たな政府債務上限31.38兆ドルに達するまで、まだまだ1.5兆ドルの大きな余裕がある。ジュークボックス用コインの充てんがしばらく続くなか、3月のQE終了と利上げの後も、4月から追加利上げが実施された場合も、大勢の市場参加者たちは今春も涼しい顔で踊り続けられるかもしれない。

アナリスト工房 2022年1月31日(月)記事