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中国市場のSDR債の仕組みと野望

人民元マネーがIMF通貨に化ける。そして、基軸通貨に挑む!

2016年10月25日(火)アナリスト工房
(2016年10月26日(水)編集)

中国の通貨人民元がIMFのSDR(国際通貨基金が加盟国に対し発行する特殊な通貨:*)に組み込まれることをきっかけに、中国市場でSDR建ての債券を発行する動きがはじまりました。

今年8月末に世界銀行が35年ぶりに発行したSDR債は、元本総額が5億SDR(=約47億元=約7億ドル)、期間が3年物、利回りが0.49%
SDRを構成する通貨の発行国の大半が超低金利あるいはマイナス金利の政策のもと、このSDR建ての債券は同じ期間の中国の国債(2.43%)よりも低利回り。とはいえ、世界銀行の信用格付(格付機関S&P:最上級のAAA)が中国(最上級よりも3つ下のAA-)よりも高い点を考慮すると、このSDR債はまずまずの利回り水準といえましょう。

なお、中国人民銀行(中央銀行)が世界銀行へ認可した発行枠は元本20億SDRもあるため、これからも世界銀行SDR債の発行は続く見込み。
英スタンダードチャータード銀行も同じタイプの債券の発行枠1億SDRを取得しており(今月14日に同行公表)、民間金融機関のSDR債も近く実現予定です。

1.現地通貨のまま投資できる為替リスク分散型のSDR建て外国証券

世界銀行が中国市場で発行したSDR債は、利回りなど発行条件がSDR建てで計算される一方、元本と利息の資金決済が人民元通貨で行われる"人民元決済型SDR建て債券”。英スタンダードチャータード銀行が発行予定の上記SDR債も、同じタイプです。
これまでSDR建ての資産をもつのはIMF(国際通貨基金)に加盟している国々だけでしたが、現地通貨で決済する仕組みをもつこの債券の投資家(銀行、保険会社など)は新たにSDR建て金融資産の持ち主となりました。
しかもこの外貨建て資産は、投資家がスタートから満期まで現地通貨と外貨(SDR)との交換が不要な点で、手軽で便利な海外金融商品といえましょう。

現地の投資家がSDR債へ投資した場合には、SDRを構成する現地以外の通貨(ドル、ユーロ、円、ポンド:*)の為替リスクがあります。
現地通貨でみた投資利回りは、これらの外貨に対し現地通貨安(世界銀行の上記例では人民元安)となった場合には、為替差益が生じるためSDR建て利回り(0.49%)よりも高い。逆に、現地通貨高(人民元高)となったときの現地通貨でみた投資成績は、SDR建て利回りを下回る(ときにはマイナス利回りとなる)こともあります。

このように中国市場のSDR債には現地通貨に対する外貨の為替リスクを伴いますが、4つの外貨(ドル、ユーロ、円、ポンド)へ分散投資することによるリスク低減効果が働くため、1つの外貨に集中投資した場合よりもリスクは小さい。その点は、SDR債を通じて資金調達を行う発行体(世界銀行、英スタンダードチャータード銀行)も同様です。
すなわち、複数の国々の通貨からなるSDR債は、その資産を取得する投資家も負債を背負う発行体も為替リスクを抑えられるメリットがあるのです。

2.便利な仕組みが次々と産む通貨SDR。その普及拡大はどこまで?

もう1つ注目すべき点は、米国主導の国際金融機関IMFだけが発行している特殊な通貨SDRを、新たに中国市場のSDR債がつくりはじめたこと。
投資家の人民元資金が為替取引なしでSDR建て金融商品へ変わることに伴い、商品と同額の通貨SDRが産み出されます。IMF通貨のSDRは、主要5カ国の通貨からなるバスケット通貨(*)なので、その5通貨で価値が裏づけられることによりIMFが関与しなくても創造できるのです。
とはいえ、IMFと世界銀行に対抗してAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立した中国の市場が、世界銀行と共同でIMF通貨をつくるのはなぜでしょうか?

IMFと世界銀行への出資比率は米国がNo.1ですが、いま資金不足に陥っているこれらの機関へ新たな活動資金をいちばん提供しているのは中国。2つの西側機関への中国の発言力が高まるなか、IMFが人民元のSDRへの組み入れを認めたのに続き、世界銀行は中国の意向を尊重したG20が掲げるSDRの使用拡大の目標達成に協力しているのです(下記)。
敵を分断したうえで戦いに挑む『孫子の兵法』(紀元前500年ごろ)の知恵は、21世紀のいまも健在のようですね。

【世界銀行SDR債のプレスリリース(抜粋)】
「われわれ世界銀行は、中国でSDR債を発行することにより、SDRを使用拡大させるG20の目標達成と中国資本市場の発展に貢献していく。中国人投資家は国内市場で外貨建て債券へのアクセスが容易になり、外国人投資家は中国で質の高い金融商品をみつけるチャンスが広がる。」
キム世界銀行総裁(2016年8月12日の同行プレスリリースでの声明)

中国の通貨政策は、昨年までが人民元を国際化するためにIMFの国際通貨SDRへ組み込むことだったのに対し、その目的が実現したいまでは人民元が組み込まれたSDRの使用拡大へ舵を切っています

IMFから為替レート形成の仕組みが不透明との指摘を受けた中国人民銀行は、昨年12月に13通貨からなる独自の通貨バスケット指数(CFETS人民元指数)を公表し、人民元の通貨価値をその指数に連動させていくはずでした。
しかし、そのバスケット指数に対し足元の人民元は年初来6.6%も下落しており(2016年10月21日時点)、早くも指数が有名無実化しています。人民元の為替をきめ細かくコントロールする通貨政策は、どうしても止められなかったのです。そこで、自由に取引できる国際通貨として推進する対象が人民元からSDRへすり替わったと推察されます。

なお、人民元下落の主な要因は、海外事業への投融資に伴う国外への資金流出です。資金流出による資本収支の赤字の一方、貿易などでの国の稼ぎを表わす経常収支の黒字額は世界首位なので、中国の信用力は問題ありません。

中国がドルに取って代わる国際通貨を急いで推進する背景には、すでに米国が実質破たんの状態と見受けられることと、日欧の量的緩和が限界に近づき緩和マネーが米国債とその通貨ドルを支えるのに苦戦している実態があります(騒動後の米債務問題はいっそうヤバいゼロ長期金利は緩和終了への布石)。

主要5カ国のバスケット通貨SDRが基軸通貨となった場合には、世界の国々にとって大切な基軸通貨の価値が1国の経済に大きく左右されない大きなメリットがもたらされます。
そのとき世界の通貨ユーザー(グローバル投資家、輸出入企業など)は、為替取引からドルを外すことが容易になるため、1971年のニクソンショック以来の不安定な対ドル為替レートから解放されるのです。

SDRの為替取引をインターバンク市場(為替取引高No.1の銀行間市場)で行うためには、市場参加者の民間銀行がSDR資金の決済口座にもつ必要があります。その口座をつくるのが、上記SDR債の役割です。

例えば、すでにSDR債の発行枠を取得した英スタンダードチャータード銀行は、近く債券発行するときSDR建ての負債が生じるため、そのとき投資家から口座へ入金される人民元も実質的に通貨SDRと解釈することができます。同行が同じくSDR建ての資産を取得した投資家との間で受け払いした資金は、その通貨SDRでなければ矛盾が生じますからね。
口座への入金とともにSDRに化けた人民元は、その口座からの支払いの際にも(例えば同行が世界銀行SDR債へ投資するとき)支払先の了解のもとSDRとみなしたまま支払えばよいでしょう。

このようにして民間銀行は、SDRに化けた人民元を活用することにより、SDR資金を受け払いする決済口座をつくることが技術的に可能なのです。近い将来、銀行間でのSDRの決済制度が正式に取り決められたうえで、決済口座を通じてSDRの為替取引が広がっていく展開が想定されます。

なお、SDRには貨幣(紙幣と硬貨)がないとはいえ、口座を通じての決済に限れば市場取引以外の分野(預金電子マネーなど)でもSDRを広く活用できる可能性を秘めています。
英国はAIIBへの参加を欧州勢のなかでいちばん早く表明したことが奏功し、同国の大手銀行はSDR事業に真っ先に参入できました。
将来、同事業への参入が世界の銀行に広がるとともに、対象商品が債券だけでなくメジャーな銀行預金(とくに決済性預金)に拡大できれば、誰もが手軽に安定性の高い外貨SDRにアクセスできる新しい時代が訪れるでしょう。

アナリスト工房 2016年10月25日(火)記事

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*)SDR(特別引出権)は、IMF(国際通貨基金)が加盟国に対し発行する特殊な通貨。加盟国が保有するSDRは、いざというときに普通の通貨へ替えることができる。その価値を裏づけるのは、2016年9月までは4つの主要通貨(構成比率はドル41.9%、ユーロ37.4%、ポンド11.3%、円9.4%)、2016年10月からは中国人民元を加えた5つの通貨(構成比率はドル41.73%、ユーロ30.93%、人民元10.92%、円8.33%、ポンド8.09%)。