中国の貿易統計と国際収支がヤバい!

伸び悩む輸出と膨らむ貿易&経常黒字は、世界経済縮小への危険信号

2016年4月25日(月)アナリスト工房

中国春秋時代の呉の将軍、孫武(前500年ごろ)たちが執筆した『孫子の兵法』には、「智者の慮は必ず利害をまじう(思慮深い智将は物事を良い面と悪い面の両方から考える)」との格言があります。

現代の軍事やビジネスに受け継がれている兵法書のこの格言は、良い面と悪い面を合わせて物事を考えることにより、危険を防ぎながら目的を成し遂げる戦略の大切さを説いたもの。リスクを抑えながらリターンを追求する投資戦略にも当てはまるのです。

しかし、投資戦略を練るために必要な物事(経済・政策・企業の動向など)に関するメディアや口コミの情報には、良い面だけを強調し悪い面にほとんど触れないもの(例えばドル高・株高を促す目的と見受けられる情報)が多くみられるともに、逆に悪い面に的をしぼって取りあげたもの(例えば中国・ロシアに関する情報)も目立ちます。

手がかりとなる情報が一方の面に大きく偏るなか、それらに基づき物事を考えても、適切な投資戦略を見出すことはできません。

そこで今回は、なかでも偏りの激しい中国の経済指標(貿易統計、国際収支)を題材に、入手できる情報が触れていないもう一方の面をクローズアップしたうえで、海外投資戦略のための物事を広く両面から考えてみましょう

1.貿易統計は収支が最重要。ニュース記事になければ計算して補う

モノ(財)の輸出入に関する貿易統計は、貿易収支(=輸出額-輸入額)が大切です。

輸出額はモノを外国へ売って稼いだ国の収益に対し、輸入額は外国からモノを買って支払った国の費用、貿易収支は国が貿易で得た利益(=収益-費用)に相当します。輸出額が輸入額を上回り収支が黒字の国は貿易で富を得ており、逆に赤字の国は富が流出している状態。

企業分析で収益・費用よりも利益が重視されるのと同様に、貿易統計では輸出・輸入それぞれの額よりも差額の貿易収支が重要なのです。

わが国の貿易統計に関する新聞・雑誌などのニュース記事では、貿易収支の水準と前年比が例外なく報道されています。一方、中国貿易統計の報道(とくに日本語のもの)の大半は、大切な貿易収支の数字が記されていません

そこで次のように、収支の水準と前年比を補ったうえで、ニュース記事を眺めます。

<例1> 2015年の中国貿易統計に関する報道

「中国海関総署の速報(2016年1月13日公表)によると、2015年の輸出額は前年比2.8%減の2兆2,766億ドル、輸入額は14.1%減の1兆6,821億ドル。

鉄鋼など工業製品の輸出が伸び悩むとともに、原材料・工作機械などの輸入が低迷しており、GDPへの悪影響が懸念される。」

まず、例1で報道されていない貿易収支とその前年比を求めてみましょう。

2015年の貿易収支は5,945億ドル(=2兆2,766億-1兆6,821億)。その前の年は、輸出額2兆3,422億ドル(=2兆2,766億/(1-0.028))、輸入額1兆9,582億ドル(=1兆6,821億/(1-0.141))、貿易収支3,840億ドル(=2兆3,422億-1兆9,582億)。

よって、2015年の貿易黒字額は前年比なんと55%増黒字拡大が著しい理由は、輸出よりも輸入が大きく減少しているからです。

貿易黒字の拡大は、GDP(=国内需要+純輸出)を構成するモノとサービスの純輸出(=輸入額-輸入額)を押し上げるため、GDP成長への要因となります。

1人っ子政策(1980-2015年)の影響により2012年に生産年齢人口が減少へ転じた中国は、わが国と同様に成熟化につれて国内需要が伸び悩んでいることを背景に、GDP成長率は低下基調(2011年が9.5%に対し2015年は6.9%)。とはいえ、純輸出の拡大が成長率の急減を防いでいるため、先進諸国よりもはるかに高い経済成長を保っているのです。

以上により例1は、物事の良い面を無視し悪い面に的しぼって紹介のうえ、悪い面だけに基づく意見を述べた不適切な報道といえましょう。

2.国際収支統計で大切な経常収支は、資本収支との関係から推察

外国との間でのお金の出入りを集計した国際収支統計は、モノ(財)とサービスの純輸出に相当する経常収支が大切です。

貿易収支は形のあるモノの取引だけが対象に対し、経常収支は形のないサービスも合わせて国が外国との取引で得た利益です。そこには、利息・配当など金融サービスがらみのものも含まれています。

お金の出入りでみた国の利益を表す経常収支は、企業の決算書に例えると、キャッシュフロー計算書のなかで資金収支に基づく利益を記した営業キャッシュフローです。

一方、利息・配当をうむ証券投資や直接投資(在外子会社への出資・貸付)のお金の出入りは、国際収支統計では金融資産の取引を対象とする資本収支として計上されます。

外国への投資と外国からの投資の受け入れ(資本調達や借入を含む)などを表す資本収支は、企業のキャッシュフロー計算書に例えると、投資キャッシュフローと財務キャッシュフローに相当します。

経常収支がその国の稼いだ利益に対し、資本収支は投資資金の流れにすぎません。投資で将来どれだけの利益を稼ぐか(あるいは損失を被るか)は、将来にならないと決まりません。

企業業績では稼いだ利益が投資資金の流れよりもはるかに重要なのと同様に、国際収支では経常収支が資本収支よりもずっと大切なのです。

経常収支と資本収支の関係は、一方が黒字(資金流入)であれば他方は赤字(資金流出)が基本。例えば、企業が輸出してドルで受け取った代金を米国債に投資することは、その国の輸出による経常収支の黒字、米国債投資に伴う資本収支の赤字への要因となります。

一般に、経常収支が黒字の国は資本収支が赤字(日本、中国など)、逆に経常赤字の国は資本黒字(米国など)です。このように経常収支と資本収支は、互いに表裏一体の関係にあります。

わが国の国際収支統計に関するニュース記事では、経常収支の水準と前年比が例外なく報道されています。一方、中国国際収支統計の報道の大半は、不思議なことに大切な経常収支が記されていません

そこで次のように、経常収支のおおよその規模を推察のうえニュース記事を眺めます。

<例2> 2015年の中国国際収支統計に関する報道

「中国国家外貨管理局が2016年3月31日に公表した2015年の資本収支は、4,853億ドルの赤字。前の年(2014年は514億ドルの赤字)から大きく悪化した。

2015年8月の人民元の切り下げ以降は投資資金の流失が膨らんでおり、人民元相場のさらなる下落が懸念される」

まず、例2で報道されていない経常収支は、資本収支と表裏一体の関係にあります。一般に、資本収支が赤字のときの経常収支は黒字です。経常収支のベースとなる貿易収支が3,840億ドルの黒字であることからも、数千億ドル規模の経常黒字と推察できます。

ちなみに、中国国家外貨管理局の公表データによると、2015年の経常収支は3,306億ドルの黒字(前の年は2,774億ドルの黒字)です。

経常収支の黒字額と資本収支の赤字額(4,853億ドル)のかい離1547億ドルは、外貨準備の減少(3,429億ドル)と統計の誤差遺漏(1,882億ドル)の差に等しい。

外貨準備の増減と統計の誤差遺漏の合計は、企業のキャッシュフロー計算書に例えると、現金及び現金同等物の増減額に相当します。

営業と投資・財務のキャッシュフローの合計額が現金及び現金同等物の増減額に等しいことと同様に、経常収支と資本収支の合計▲1,547億ドル(=3,306+▲4,853)は外貨準備の増減▲3,429億ドルと統計の誤差遺漏1,882億ドルの合計に等しい。

資本収支の赤字は、純輸出が急増していることの表裏一体の裏返しと、2014年半ばからの「QT(量的引き締め)」の政策に伴い外貨準備で保有する米国債を換金処分していることが原因(中国のQT(量的引き締め)とは?)。

中国の純輸出の増加も米国債の処分も、より多額の外貨が人民元へ換金されることを通じて、実は人民元高への要因となります。

以上により例2は、物事の重要かつ良い面を完全に隠しその裏返しの悪い面だけを紹介のうえ、悪い面だけに基づく希望を述べた不適切な報道といえましょう。

最後に、中国の世界一の貿易黒字と経常黒字が大きく膨らんでいる事実は、どのように受け止めたらよいのでしょうか?

貿易&経常収支が中国で急拡大していることは、他の国々で収支が急激に悪化していることを意味します。中国海関総署の公表データに基づくと、2015年の対中貿易では、日本は黒字額が前年に対し半減(63億ドル減)、米国、欧州は赤字額がそれぞれ239億ドル、205億ドルも増加しました。

主要先進国・地域は、純輸出の減少を通じてGDPが伸び悩む要因を抱えているのです。

しかも、貿易額ランキング首位の中国の輸出・輸入ともに減少しているため、世界貿易の縮小を通じて世界のGDP低下へ懸念が浮上しています。

とくに中国の輸入減少の激しいことは、貿易相手国の製品輸出を減らすだけでなく、その製品づくりに必要な原材料の輸入減少へ作用します。原材料の輸入先にはたいてい中国が含まれることからも、世界の貿易減少とともにゼロ経済成長(あるいはマイナス成長)の悪循環に陥る危険があるのです。

世界経済の縮小は、2008年のリーマンショック時と同様に、世界の株式と基軸通貨ドルのバブル崩壊への要因です。

当時の教訓とわが国でも長く受け継がれてきた兵法書の教えを活かし、投資戦略を練るための物事は、隠れているもう一方の重要な面をあぶり出したうえで両面から広く考えるよう心がけたい。

アナリスト工房 2016年4月25日(月)記事