FRB引き締めが債券バブルを崩壊へ

ヘッジファンドと一緒に米国債を売り浴びせる米政策の狙いと舞台裏

2018年10月5日(金)アナリスト工房

9月28日に成立した10月からの米連邦政府予算は、メキシコとの国境沿いに建設中の”トランプの壁"の予算拡充が議会合意できなかったため、来年9月までの1年間でなく今年12月上旬までのつなぎ予算にすぎません。ひとまずシャットダウン(米政府機関閉鎖)の危機は回避されたとはいえ、12月7日までに以後の予算が成立しない場合には翌日からいくつもの政府機関が閉鎖します。

また米連邦政府債務の上限は、来年3月までは財務省が必要な額だけ次々と引き上げていくことが許されますが、以後の上限引き上げには議会承認が必要です。もしも政府債務上限の引き上げ承認が議会合意できなければ、アメリカは国家デフォルトに陥る危険があります。

巨額の財政赤字と政府債務を抱えているアメリカは、オバマ前政権時の2011年からシャットダウンとデフォルトの騒動を繰り返しており、国の経済運営を脅かす大きなカントリーリスクがみてとれます。

にもかかわらずドルの通貨価値を守りたいFRB(米連邦中銀)は、「アメリカ経済が力強い」とほめ殺しながら、政策金利の引き上げとドル資金の回収での金融引き締めを加速しています。来年まで続く可能性が高い"通貨の番人”による引き締めラッシュは、アメリカのカントリーリスクを世界の国々へ波及させ、2008年の"リーマンショック”の次の世界金融危機を引き起こすかもしれません。

▼利上げラッシュが金利先高観を強め、先物主導で米国債が価格急落

9月26日にFRB(米連邦中銀)は、政策金利を0.25%引き上げ2〜2.25%とすることを決定しました。今回の利上げは、昨年12月から3カ月ごとに連続4回め。レンジの中間値でみた新たな政策金利(2.125%)は、2015年12月にゼロ金利(0〜0.25%)が解除されてからなんと17倍の金利水準に跳ね上がっているのです。

翌日物の政策金利を反映して決まる短期金融市場の金利も急騰したため、ドルの短期借入に依存する国内外のさまざまな債務者(国、企業、金融機関など)が利払い負担の著しい増加に苦しんでいます。

とくにドル建ての短期調達への依存度が高い中国企業、アメリカの経済制裁を受けてドルの輸出代金(ドル借入の返済原資)を受け取れないトルコなどの新興国勢は、利払い負担増の痛手が大きい。

アメリカの政策金利の利上げラッシュは、市場の金利先高観が強まることにより、米長期金利の指標である10年米国債の利回りを大きく上昇させる(価格を大幅下落させる)要因です。

9月25日、ヘッジファンドなど大口投機筋の10年米国債先物の建玉(持ち高)は、元本756億ドルのショート(売り持ち)へ膨らみ、ショートの額が過去最高を更新。先物主導で売り浴びせられた10年米国債の利回りは、10月3日、今年5月につけた2011年8月以降のピーク(3.126%)を勢いよく上抜けしました。

「利上げ続きの政策金利に対する金利差が1%程度の長期金利は低すぎる」と判断したヘッジファンドたちの米国債先物の売り圧力は、いまも根強い状態が続いています。さらなる米国債価格の急落に拍車がかかった場合には(米長期金利が大きく跳ね上がった場合には)、リーマンショックの原因となった"債券バブル崩壊"を再び招く可能性が高い。

▼量的引き締めは世界からドル資金を大量回収、中欧はドル離れ加速へ

また、FRB(米連邦中銀)のドル資金回収での金融引き締め策「量的引き締め」も、債券バブル崩壊への要因です。この量的引き締めとは、量的緩和(中央銀行が国債などを大量に買い取ることにより市場へ資金供給する金融緩和策)とは逆に、国債などを大量に売却することにより市場から資金回収する引き締め策ですからね。

2017年10月からFRBは、リーマンショック後の量的緩和で買い取った米国債と住宅ローン債券を次々と売却し、大量の資金を世界から回収しています。

FRBの量的引き締めでの資金回収額は、17年10−12月が月50億ドルに対し、18年1−3月が月130億ドル、4−6月が月270億ドル、7−9月が月300億ドルと急増(*)。日銀の量的緩和の資金供給(年40兆円未満:**)をすっかり打ち消す規模に達しました。なお、10−12月以降のFRB量的引き締めの限度枠は月500億ドルです。

このようにFRBは、ヘッジファンドなど投機筋の先物売りを誘いながら、米国債などのドル建て債券を大量に売り浴びせているのです。ドル通貨の番人が債券の売却代金として市中からせっせと資金回収していることから、市中のドル資金量が大幅減少するため、いま1ドルあたりの通貨価値がドル防衛に励む彼らの狙いどおり上昇しているのです。

また、パウエルFRB議長を指名したトランプ政権にとってFRB引き締め政策は、貿易戦争の相手国に挑む手段とみてとれます。なかでもドル建て債務に大きく依存する国々(とくに中国)は、アメリカの利上げラッシュとドル資金回収により企業や金融機関が返済負担が重くなるとともに調達難に陥り、黒字を稼ぐ競争力が低下。すると、対米貿易の不均衡が是正できる可能性が高いですからね。

一方、対米貿易戦争の相手国(中欧など)は、過度のドル依存をやめ国際資金決済でのドル離れの動きを本格化させようとしています。

2018年3月に人民元建て原油市場を立ち上げた中国は、原油輸入量が世界首位の購買力を武器に、産油国がドル建ての原油を輸出した稼ぎで米国債を買い支える"ペトロダラー”の体制に終止符を打ちました。

アメリカが禁じたイランからの原油輸入を続けたいEUは、9月にユンケル欧州委員長があらゆる場面でユーロが使えるようその国際的役割を向上させる方針表明した直後、イラン・中ロと共同でドル離れ資金決済のための清算業務を担うSPV(特別目的事業体)を立ち上げる構想を打ち出しました。

やがて世界にドル離れが浸透することは、資金決済需要と基軸性を失うドルの価値が劇的に切り下がる要因です。アメリカの深刻な貿易赤字を是正し産業競争力を取り戻したいトランプ政権は、あからさまなドル安志向。世界の国々に貿易戦争を仕掛けドル離れを強く促しているのは、実はドル発行国のアメリカ自身なのです。

いまはFRBの連続引き締めがドル高を演じていますが、やがて中欧勢のドル離れがいっそう加速した時点で、米政権の狙いどおりドル安基調へ転じると想定されます。その前に、引き締めラッシュに伴う債券バブル崩壊が次の世界金融危機を招き、リーマンショックのときと同様に超ドル安進行のきっかけとなるかもしれません。

アナリスト工房 2018年10月5日(金)記事

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*)アメリカの量的引き締めによる市場からの資金回収額の四半期ごとの月平均値は、FRB公表の各月最終週のB/S(貸借対照表)に計上されている米国債と住宅ローン債券(MBS)の合計額に基づく。

**)日銀が量的緩和で買い取った金融商品の2018年9月末時点の保有高は、前年同期に対し国債が26兆円増、ETF(上場株式投信)が6兆円増。すなわち、足元の日銀緩和の規模は合わせて32兆円にすぎず、ピーク(2016年8月末時点の数字でみた緩和規模は94兆円)からなんと66%も縮小しています(図表)。