「古代ローマ帝国の通貨は、価値の低下に連れて信頼を失っていった。それでも、広大な領土全域で通用する唯一のお金であった」
(ピーター・バーンスタイン著「金の魔力」)
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先日、「借金はお金を刷って返せばいいさ」との米国の無責任さが、為替市場で$安(円高)を招いていることを述べた(外国為替の章の「なぜ円高?」)。
一方で債券市場では、米国債の価格が上昇(利回りは低下)している。そこで今回は、米国の通貨安にもかかわらず債券高の現象を取り上げ、海外投資の章のプロローグとしたい。
2011年8月、米国債10年物の利回りが一時2%を割れ、第2次世界大戦後の過去最低水準を更新。格付機関S&Pによる格下げ(同月:AAA→AA+)にもかかわらず、その後も米国債は投資家の人気を集めている。
通貨$が売られる中で、同じ$建ての国債が買われているのはなぜだろう?
投資の世界で、米国債が「質への逃避」の先だからである。ここで”質”はリスクと換金性の良質の意味。すなわち質への逃避とは、投資マネーがリスクの比較的小さくかつ換金性の高い金融商品にシフトする現象を言う。株価先行きを悲観した投資家が、株式の大きなリスクを嫌って、確定利回り商品の中で比較的安全と称される米国債に資金を振り向けているのである。なぜ”安全”なのか?
米国債は、世界中で最も沢山発行され、売買できる市場規模が大きい。投資家は、いつでも市場でそれを売れば、為替リスク無しで基軸通貨に替えられる。満期まで保有した場合には、額面通りの金額が償還されるからだ。
今はもう最上格(AAA)ではないが、米国政府は将来もきっとお金を刷って返済するであろう。彼らが世界中で通用する基軸通貨国の特権を手放すことはあるまい。善かれ悪しかれ、「満期には額面通りの$通貨が償還される」と大半の投資家が確信しているため、米国債は投資の世界で「安全資産」に位置付けられる。
米国債への逃避に伴い、比較的高い「新興国リスク」を嫌気したヘッジファンド等の大量の投資マネーが、ブラジルや東南アジア(タイやマレーシア)から流出。これらの国々の通貨は大きく下落に転じている。
一方で日本は、失われて久しく元々海外からの投資マネーが集まっていないことが幸いし、円の高値圏での推移が続いている。日本国債もマネーの逃避先の1つであることも、米国債高の下での円高($安)の原因となっている。
したがって、同じ国の通貨安と債券高とは、時と場合によっては両立する。
日本の富裕層の海外投資が活発化しているが、逃避先の米国債(あるいは$通貨)を組み入れざるを得ない彼らは、本当に安全なのでしょうか?
2011年10月14日