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ヘッジ付き外債投資の必敗の仕組み

ハイリスク・マイナスリターンのとんでもない商品設計は誰のため?

2017年6月26日(月)アナリスト工房

わが国の長期金利(10年物の国債利回り)を0%程度に保つ"ゼロ長期金利政策(2016年1月-)”のもと、ドル/円(円相場)の為替レートがなんとアメリカの長期金利だけで十分に説明できることを発見した、仏ソシエテ・ジェネラル銀行のFXストラジストのレポート(下記)が市場の話題となっています。

ドル/円と米国債利回りとの相関がクレイジーなぐらい強い。(中略)このように十分に明白な因果関係がみてとれるのは、日銀が日本国債の利回りをゼロに停滞させていることにより、ドル/円が米国債利回りだけの関数となっているからだ」
ソシエテ・ジェネラル FXストラテジスト Kit Jucker氏 Jun 6th 2017

アナリスト工房の筆者の検証によると、彼の実証分析の結果(上記)が成り立つのは、イギリス国民がEU(欧州連合)からの離脱を決意しいまの"自国第1主義”の時代の相場がはじまった昨年6月24日以降の市場です。
先週末までの新たな市場データを追加のうえ、筆者が行なった最新の分析結果は次のとおり(図表)。先週14日のFRB(アメリカ中銀)の政策金利の利上げ後も、米国債の利回りはドル/円の水準をしっかり説明できます。互いの相関は完全連動に近いぐらい極めて強く、近似直線の式も統計学的に十分すぎるほど有意な結果です(*)。


とはいえ、本来の為替レートの決定要因は、債券の利回りのほかにも貿易収支やカントリーリスクの状況などさまざま。なのに、昨年からは債券利回りだけで為替レートを説明できるようになったのは、債券市場の新たな動きが為替市場へ極めて大きく影響していることを物語りますそれは、日本の投資家によるヘッジ付き外債投資です。

1.リスクを消せない不完全なヘッジがリターンを損なう

日銀が民間銀行から受け入れる預金に負の利子率を適用する"マイナス金利政策(2016年1月-)”のもと、昨年1-11月の日本から海外中長期債への対外証券投資は22.8兆円の買い越し。買い越し額は、統計がある2005年以降で過去最高を記録しました。
なかでも大半を占めるのが、銀行・生保・投信のヘッジ付き外債投資。その為替ヘッジを付けた投資対象の外債の主役は、市場シェアNo.1の米国債です。

ヘッジ付き外債投資の開始時には、円資金をもつ日本の投資家が外債購入に必要な円売り・ドル買い(円をドルへ両替)と同時に、外債の為替リスクをヘッジするための円買い・ドル売りの為替予約(将来にドルを円へ両替する取り決め)を契約します。
この段階では、外債購入のための円売り・ドル買いと為替予約での円買い・ドル売りは、互いに金額が等しいため、市場の為替レートへ影響しません。

一方で投資開始後は、外債の市場価格の変化に応じて為替予約の金額を増減させることが、為替レートへ影響していきます。
例えば、米国債の価格が上昇(利回りが低下)したときは、そのヘッジのための為替予約の金額を増やします。このとき、為替予約での円買い・ドル売りが市場のドル/円の円高・ドル安へ作用します。逆に、米国債の価格下落(利回り上昇)したときは、為替予約での円売り・ドル買い戻しを通じて、ドル/円の円安・ドル高への要因です。
このように、日本勢の旺盛なヘッジ付き外債投資は、その主な投資対象の米国債の利回り低下時には円高へ、利回り上昇時には円安へ強く作用します

ヘッジ付き外債投資の最大の特徴は、外債への投資期間が中長期に対し、ヘッジに用いる為替予約が1〜3カ月ごとに短期ロールオーバー(延長)されてゆく仕組みにあります。結果、わが国の投資家にとって大切な円での投資利回りが、満期直前のロールオーバー時まで確定しない。なぜなら、もしも投資の開始時に満期までの為替予約を契約した場合には、はじめから円でのマイナスの利回りが確定してしまうためです。

例えば、いま日本の投資家がドルでの利回り2%の10年物米国債に10年物為替予約付きで投資したとしましょう。円のゼロ長期金利のもと、為替予約の円買い・ドル売りレート(=米国債のドル建て元利の円転レート)がいまの円相場よりもはるかに円高水準となります。結果、円での利回りは、金融工学の"無裁定理論(通貨ごとの無リスクの確定利回りは運用手法によらない)"に基づき、理論的には円の長期金利と同じゼロ%
ところが実際には、取引コスト(市場の買値と売値との差)や手数料がかかるため、円での利回りは理論値ゼロを下回りマイナスなのです。

そこで、いまのヘッジ付き外債投資には、為替予約を短期ロールオーバーで長期投資の満期までつないでいく仕組みがあります。とはいえ、投資理論の”純粋期待仮説(長期金利はその満期まで短期ロールオーバーした場合に平均的に見込まれる金利水準)”に基づき、取引コスト・手数料込みでは上記と同様にマイナスリターンです。
リスクのない確定利回りの日本国債がゼロリターンに対し、利回り不確定のリスクにもかかわらずマイナスリターンのヘッジ付き外債投資はその商品設計の段階で失格といえましょう。

2.ヘッジが遅れる欠点に気づいた海外投機筋が漁夫の利

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とばかりに、とんでもない仕組みをもつヘッジ付き外債投資に群がった大量のジャパンマネーが、トランプ相場のもと海外投機筋の餌食となっています。

昨年11月の米大統領選でトランプ氏当確の直後には1.7%だった10年物米国債の利回りは、翌12月と今年3月には2.6%まで急伸(価格は急落)。利回りを押し上げた主役は米国債先物です。米系ヘッジファンドなど大口投機筋の10年物米国債先物ショート(売り持ち)の額は、今年2月には過去最高を記録しています。
先物主導での米国債価格の急落は、日本勢のヘッジ付き外債投資に伴う円売り・ドル買い戻しの大量需要を市場に生じさせました。トランプ氏当確直後には101.15円だったドル/円は、昨年12月には一時108.66円まで円安・ドル高が進行しています。

その結果は、米国債の先物を売り浴びせるとともに大量のドル買いを速やかに行なった海外投機筋が、自らの取引を有利に導くよう引き起こした債券価格の急落とドルの急伸により、本件では多額の収益を稼いだはずです。
一方、ヘッジ付き外債で投資する日本勢は、保有する外債の価格急落に伴う損失を被っただけでなく、その為替ヘッジがなかなかできずドルを高値づかみしてしまいました。なぜなら、ヘッジが為替予約をロールオーバーする1〜3カ月ごとなので、素速く適切にヘッジ操作を行うことが難しい。ヘッジの足かせとなるその仕組みが、わが国の投資家の巨額損失を招いています

以上、ゼロ長期金利のもとでの日本勢のヘッジ付き外債投資は、利回りを確定できない不完全なヘッジ操作さえままならずしかもその取引コストがかさむことにより、ハイリスク・マイナスリターンのとんでもない海外金融商品です。
リターンのマイナスは、日本が海外へそれだけ富を貢いでいる実態を物語っています。そんな理不尽な仕組みを改めない限り、わが国の海外投資の未来には絶望しかない。

アナリスト工房 2017年6月26日(月)記事

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*)10年物米国債利回りとドル/円との相関関係を表すR2(相関係数の2乗:0.5以上が強い相関の目安)は、0.902と完全連動に近いぐらい"極めて強い相関”。
近似直線の傾き13.06(米国債利回りが1%上昇するとドル/円が円安へ13.06円進む傾向)、y切片81.75(米国債利回り10年物がゼロとなった場合のドル/円の想定は81.75円)の推定が統計学的に有意かどうかをみるための指標は、t値(推定値/標準誤差:おおむね2以上が有意の目安)。傾き、y切片それぞれのt値は48.8、144.2でともに十分すぎるほど統計的有意。