トランプ相場の主役は債券バブル崩壊

アメリカの失業率が4.9とか5%だなんて、こんなインチキな数字は信じてはいけない。本当はたぶん28から35%だ!実は、最近では42%との数字さえ耳にしている。もしも失業率が本当に5%ならば、こんなに大勢の皆さんがこの集会にいらっしゃるはずがないさ」

トランプ米大統領候補のニューハンプシャー州での選挙演説(2016年2月9日)

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2016年11月25日(金)アナリスト工房

社会インフラの整備と製造業の国内回帰でもって「偉大なアメリカを取り戻そう!(MAKE AMERICA GREAT AGAIN!)」との選挙スローガンが幅広い層の心をつかみ、トランプ氏の選挙演説の集会(各回の参加者はたいてい1万人以上)は、クリントン氏(たいてい数百人以下)よりもはるかに大勢しかも熱心な聴衆を集めていました。

第45代アメリカ大統領を決めた今月8日の選挙は、直前の世論調査ではクリントン氏が優勢でしたが、実際には多数の有権者の支持を集めたトランプ氏が勝利しています。期日前投票では投票マシンでのトランプ票がクリントン票へ改ざんされる珍事が相次いだため、選挙当日までに多くの州で選管あるいは有権者が怪しいマシンを使わない紙での投票へ切り替えました。

結果、実態とは著しく異なる不適切な世論調査に続くと懸念されていた、全米規模での不正開票・集計は未然に防ぐことができたのです。

1.国債価格暴落への危機が本質、ドル高は一時のまやかしの影

トランプ氏の当選を受けて市場では、いったん債券高・ドル安に大きく振れた相場が反転して以降、急激な債券安・ドル高が続いています。

主要先進国の国債10年物は、選挙の前週末から足元(今月4日から24日)の利回り変化が、米国債(1.77%→2.35%)、日本国債(▲0.06%→+0.03%)、ドイツ国債(0.13%→0.26%)。利回りは、米国債の上昇幅が最も大きく、日本国債がマイナスからプラスへ転換、ドイツ国債が2倍の水準へ上昇。いずれも債券価格は急落です。

同じ期間のドルの通貨価値(為替レート)は、円、ユーロに対しそれぞれ9.9%、5.6%も急騰しています。なお各国の株価指数も、NYダウ、日経平均、DAXそれぞれ6.7%、8.4%、4.2%の上昇とまずまず堅調。

このように、アメリカだけでなく日欧でも債券バブル崩壊への危機がはじまり、各国の国債から投資マネーが逃げ出したのです。

その主な避難先がドル通貨(ドル建ての現預金など)であることから、マネーの持ち主は顧客から預かったドル資金を運用するヘッジファンドなどが主体。リスクを嫌気した彼らは、顧客が返金を請求してきた場合に一応備え、保有していた債券を一時的にドル通貨へ移し替えていると推察されます。

このとき為替市場では、ドル建て以外の債券の売却代金がドルへ両替されることにより、ドル高への要因。ただそれは、アメリカも含め世界の国々の金融商品の換金処分に伴い生じた、世界にとって悪材料のドル高です。

なお、投資マネーの一部の避難先となった株式の価格上昇も、ドル高と同様に一時的なまやかしの影にすぎません。いまのトランプご祝儀相場の実体は、世界的な債券バブル崩壊への危機なのです。

2.とくにオバマ政権下で倍増した政府債務をまかなう米国債がヤバい!

債券バブル崩壊への危機が生じた理由は、次の3つ。

1つめは、日欧の量的緩和(中央銀行が国債などを買い取ることにより市場へ資金供給する金融緩和策)の効き目が薄れており、緩和マネーが世界の債券価格を支えるのが難しくなってしまったこと(ゼロ長期金利は緩和終了への布石)。

2014年に量的緩和を終えたはずのアメリカは、緩和で買い取った債券が満期を迎えるたびに同額継続中であることから、実質的にはいまだ緩和続行中。にもかかわらず、2015年12月からFRB(米国中銀)は利上げでの金融引き締めに転じており、密かに続けている緩和の効き目が引き締めにより相殺されています(米国のなんちゃって金融引き締め)。

2つめは、中国が外貨準備で保有する米国債を大量に換金処分していること。米財務省の統計データ(今月16日公表)によると、今年9月末の中国中銀の米国債保有高(1兆1,570億ドル:海外保有高No.1)は年初来876億ドルも減少。

とくに9月は、海外投資家の米国債の売り越し額.(766億ドル)が過去最高を記録。中国をはじめ海外勢の米国債離れが本格化しているのです。

翌10月末の中国の外貨準備高(3兆1,200億ドル:世界首位)は前月末比500億ドル減。そのなかに占める米国債の処分も加速していると推察されます。

3つめは、アメリカの政府債務の膨張に歯止めが掛からず、債務をまかなう米国債の信用不安が高まっていること。米政府債務の残高は、オバマ大統領の就任した2008年1月が10.6兆ドルに対し、足元が19.9兆ドル(今月22日)と倍増。続いて市場では、トランプ次期大統領のインフラ整備が債務状況をいっそう悪化させる懸念が浮上しています。

しかも、政府債務として計上されていない未積立の年金債務などを合わせると債務残高が公表値のなんと3.6倍に達することから、アメリカはすでに実質破たんの状態にあると見受けられます(*)。逆に、実質破たん状態でもない限り、いまの異常なハイペースでの政府債務膨張は説明できません。

このように、主要先進国の量的緩和が支えてきた債券バブルは、中国が信用不安の高まる米国債を次々と売却処分しているなか、来たるトランプ政権でのさらなる政府債務膨張への懸念浮上をきっかけに崩壊の危機にあるのです。

3.元借金王が選挙で熱く説いた「政府債務減免」を実施する可能性

トランプ次期大統領がいちばん重視している政策プランは、社会インフラ(道路、港湾、鉄道など)の整備と製造業(自動車、電機、鉄鋼など)の国内回帰でもって雇用を増やし、実質2ケタの失業率(冒頭で紹介した選挙演説)を改善すること。

インフラ整備は、PFI(民間資金を活用した社会インフラの整備・運営)とインフラ投資銀行を活用することにより、政府支出負担をいかに減らすことができるか。これから打ち出されるプランの詳細が注目されます。

アメリカ国内に製造拠点を移す動きは、米アップル社のスマホiPhoneの製造を手がける台フォックスコン社が、トランプ氏の要請を受けたアップル社のクックCEOに促され、いまは中国にある工場をアメリカへ移すことを検討中です。

アメリカ人によるインフラ整備とモノづくりは、いまのドル高の為替レートのままでは中華企業への整備委託や中国での製造よりもはるかに高コストなので、その実現のためにはドルを30から40%切り下げる必要があります。

そこで注目されるのは、債務減免で富を築いてきた元借金王のトランプ氏が、米政府債務の金利・元本の減免に向けて再交渉する必要を選挙演説で強く主張していること(下記)。

「いまのアメリカは超低金利の利払いで済んでいるが、もしも金利が2、3、4%上昇したら何が起こるか?われわれは国を失うことになる。アメリカは長期政府債務の金利・元本減免に向けて再交渉すべきだ!」

米CNBCのトランプ米大統領候補へのインタビュー(2016年5月5日)

もしも、トランプ次期政権が政府債務減免に成功すれば、深刻な債務問題の解決とともに選挙公約(インフラ整備とモノづくりでの雇用回復)が実現できると想定されます。そのとき、米国債とその通貨ドルはともに暴落し、世界の市場と経済に大波乱が生じる可能性が高い。

来たる第45代米大統領の在任期間は、良い意味でも悪い意味でも先行き不確実性が極めて高い、サプライズ続きの8年間となるでしょう。

アナリスト工房 2016年11月25日(金)記事

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*)「市民と軍人への年金や退職者向け健康保険などさまざまな社会保障と医療制度に伴い連邦政府の負う未積立債務を加えると、政府債務残高の真の数字は約18兆ドルでなく65兆ドルだ!

ウォーカー元米会計検査院長(2015年11月8日のラジオ番組での発言)

その数字に基づき、米国の政府債務残高が公表値の3.6倍(=65兆/18兆)と仮定すると、2015年の「GDPに対する政府債務残高の比率」は382%(=106%×3.6)。日本(248%)、ギリシャ(178%)を抜きワースト首位に浮上する。