金融危機再来を警告するシラー指数

米国株の割高度をみる代表的な指標が物語るドタバタ劇の舞台裏

2017年7月10日(月)アナリスト工房

先月のFRB(アメリカ中銀)は、量的緩和(2008-2014年)後の4度めの利上げ(政策金利を0.75-1%から1-1.25%へ引き上げ)に踏み切るとともに、緩和時に買い取った債券を将来売却してゆく指針を示しました。

また、アメリカ市場へ投資マネーを導いてきた日・欧の量的緩和は、ともに今年4月から規模縮小の傾向が顕著です(日欧緩和が縮小、米引き締めは苦難)。

このように主要先進国の金融政策が緩和から引き締めへ舵を切ったにもかかわらず、今月も史上最高値を更新したアメリカの株価指数がいまだ高値圏にあるのは不自然ですね。然るべき適正水準よりもはるかに割高な株価は、市場がその点をきちんと認識したときに急落する可能性が高いため、けっして見過ごすことができません。

1.いまの株価指数は1920年の大恐慌直前に匹敵するぐらい超割高

アメリカ株の割高度をみる代表的な株式指標は、イエール大学のシラー教授が考案した"シラーCAPE指数(景気循環調整後のPER)"です。2013年にノーベル経済学賞を受賞した彼は、企業のEPS(1株あたり純利益)を基準に株式の割高度を測るメジャーな株価指標PER(株価収益率)を改良し、このCAPE指数を生み出しました。

PER = 株価 / EPS(1株あたり純利益)

↓ 改良 ↓

シラーCAPE指数 = 株価 / 平均EPS

上式のなかで企業の収益力を表す分母は、PERが今期予想あるいは前期実績のEPSを用いるのに対し、シラーCAPE指数が過去10年間の平均EPSを使います。景気循環などに伴い振れの激しいEPSを長期平均することにより、長年の収益実績と比較しながら株価の割高度をみる点がCAPE指数の大きな特徴です。

本来であればアメリカの金融引き締めは株式市場の加熱を防ぐはずが、一部の市場参加者が株式を必死に買い支えるなか、足元のシラーCAPE指数はなんと1929年の大恐慌直前の水準と並んでいます(図表:ともに30倍)。

ついに先月、CAPE指数の生みの親は、異常な高値圏にある株価指数S&P500の先行きへの懸念を表明するとともに、投資家に対し運用資産を分散しリスクを軽減させるよう促しました(下記)。

「ジョン・キャンベル(現ハーバード大学教授)と私が30年前に考案したシラーCAPE指数は、いま異常に高い値を示している。1881年までさかのぼっても、いまの水準以上にだったのは1929年と2000年だけだ。よって、いま高値圏にある米国株指数S&P500の先行きが懸念される。(中略)運用資産は少しずつ分散化していくべきだ。まだ分散していなければ、このたびの機会が好機でしょう」

イエール大学ロバート・シラー教授 米CNBCのインタビュー Jun 29th 2017

株式だけでなく債券の価格も支えてきた緩和が巻き戻され引き締めが本格化するなか、どちらの資産クラスも大きな反落が懸念されるため、資産の分散化でのリスク軽減効果は限定的かもしれません。とはいえ、景気影響の比較的小さなディフェンシブ株式銘柄や信用力の高い高格付け債の割合を増やすなど、財産価値の目減りをなるべく抑える工夫と努力は大切でしょう。

2.リーマンに続き債券バブル崩壊のショックが再来する兆しは?

金融危機への懸念が広まるなかで最も気がかりなのは、「100年に1度の大不況」といわれたリーマンショック(2008年)のときにシラーCAPE指数が下げ切らないまま不自然に反発し、現在に至っていることです(上の図表)。CAPE指数の底値は、前世紀(1921、1932、1982年)が5〜7倍に対し、今世紀(リーマンショク後の2009年)がなんと13倍と大きく異なるのはなぜか?

リーマンショックの当時は、市場参加者の売りが出尽くさないうちに、日米の緩和政策と投機筋の強引な買いが株式を無理やり反発させてしまったのです。その場しのぎの無責任な対策の結果、参加者の売り圧力が解消していないため、100年の1度のはずがわずか10年足らずで再び株価の上値が重くなり、いま再び金融危機がぶり返すリスクが高まっていると見受けられます。

もしも近い将来に金融危機が再来する場合には、大不況の本格的な悪影響を先送りしてしまったリーマンショックと同様に、債券バブルの崩壊が危機のきっかけになると想定されます。

リーマンショックは、サブプライム(低所得者向け)の住宅ローンの延滞・破産が続出し、そのローン債権を組み込んだ証券化商品が大量にデフォルトしたことが原因です。当時の債券市場では、証券化商品だけでなくハイイールド債など低格付けの債券の多くが価格暴落しました。

次の金融危機は、今年1月時点ですでに延滞率がなんと9.1%に跳ね上がっているサブプライムの自動車ローンが引き起こす可能性が高い

自動車ローンは住宅ローンよりも証券化商品の市場規模が小さいとはいえ、たくさんの部品・素材からなる自動車が、ローン問題の影響を受けて販売台数が減少していること(今年1−6月は前年同期に対しなんと6カ月連続の販売減)は、アメリカの幅広い産業とGDPの7割を占める個人消費など実体経済への悪影響も大きいですからね。

もしも金融危機が再来する場合には、同じ債券バブル崩壊型のリーマンショックの経験則に基づき、いったん急伸した米国債利回りの大きな反落を伴うことが想定されます

FRBが政策金利の利下げを連発していたリーマンショックの前は、2008年の1月と3月に10年物米国債利回りが3.3%で底打ちしたあと債券バブルが崩壊し、その利回りは6月には4.3%まで急伸(価格は下落)しました。

ただ米国債は、投資家にとって安全資産に位置づけられることから、ローン証券化商品や株式から逃げたマネーが向かったため、9月のショック発生日には利回り3.4%まで大きく反落(価格は上昇)しています。

そして今回、昨年11月の米大統領選でトランプ氏当確の直後には1.7%だった10年物米国債の利回りは、債券バブル崩壊を受けて翌12月と今年3月には2.6%まで急伸。6月に2.1%まで戻した後、足元のその利回りは2.4%まで小反発しています。金融危機が発生する場合にその前兆をつかむためには、引き続き米国債の利回り動向は目が離せない

あるいは、アメリカの議会が10月中旬ごろのタイムリミットまでに政府債務残高の上限(いまは19.8兆ドル)を引き上げられず国家デフォルトした場合には、株式とともに米国債を含む債券全体が暴落するケースもありえます。そのときは、"21世紀の大恐慌”の訪れかもしれません。

アナリスト工房 2017年7月10日(月)記事