天敵を抑え、トランプの壁は拡張へ

中間選挙後もロシア疑惑の濡れ衣に負けず、奇策貫徹に挑む米政権

2018年11月13日(火)アナリスト工房

トランプ米政権の施策の大きな特徴は、行きあたりバッタリの奇策のオンパレードのように見えて、実はあらかじめ事細く計画のうえ用意周到に準備・実行されている点にあります。それぞれの施策が政権の狙いどおり進ちょくしているかどうかは、繰り広げられる奇策の様相に覆い隠れて見えづらいため、判断に悩むあるいは判断を誤る専門家が大半です。

そこで今回は、11月の米中間選挙で生じた議会ねじれとそれに伴い懸念されている"シャットダウン(米政府機関閉鎖)"への騒動を舞台に、米政権の真の狙いと進ちょくの実態を紹介しながら次の展開を見通してみましょう。

▼上院の実を取った与党は、政権運営のための人事承認権を守った

トランプ政権2年めの中間選挙は、与党の共和党が下院で過半を割った一方で上院では過半の議席数をさらに伸ばし、大方の予想どおりかつ米政権の狙いどおりの結果となりました。

下院で与党が過半割れした最大の理由は、現職の共和党議員235人のうち反トランプ抵抗勢力のライアン下院議長をはじめ、なんと43人が出馬せず引退を選んだこと。各州でのトランプ大統領の応援演説が上院選重視となった結果、入れ替わりの激しい閣僚・判事などの人事承認を握る上院は、政権の狙いどおり与党が過半数の議席をさらに上積みできました。

一方、野党の民主党のなかで下院で勢力を伸ばしたのは、2016年の大統領党内予備選でサンダース候補の選挙運動に励んだオカシオコルテス氏など、草の根社会主義の左派が中心。なので、大統領選でロシアがトランプ有利に介入したとの"ロシア疑惑"を民主党など抵抗勢力がでっち上げることにより、トランプ大統領を弾劾する可能性はほとんどない。

なぜならロシア疑惑でっち上げの過程で、草の根左派が推していたサンダース氏でなくクリントン元国務長官を強引に祭り上げた、当時の党内予備選でのとんでもない不正が再び公になってしまいますからね。

そもそもロシア疑惑のはじまりは、DNC(米民主党全国委員会)のIT担当セス・リッチ氏が、DNC幹部の間で交わされた電子メールを機密文書公開サイト”ウィキリークス"を通じて世間へ公表したこと。それらのメールは、民主党内での大統領予備選で人気No.1のサンダース上院議員でなく、実は2番手以下にすぎないクリントン元国務長官を勝たせるよう働きかける内容です。

16年7月、正義感の強いリッチ氏はワシントンの路上で強盗に射殺されたはずが、不思議なことに彼の財布もクレジットカードも手付かず無事。直後、DNC委員長のワッセルマンシュルツ氏は、民主党員の大勢を占めるサンダース支持者たちから強い非難を浴び辞任に追い込まれました。

すなわちロシア疑惑の真相は、民主党内予備選の不正に関する内部告発であり、ロシアのハッキングによる情報流出ではない。大統領選でトランプ氏を有利に導いたのは、不適任な者を勝手に大統領候補と決めた党選管組織です。

なお万が一、民主党が党内分断を覚悟でロシア疑惑を言い張り大統領弾劾を下院で可決した場合でも、実際に弾劾を成立させるためには上院における3分の2の合意が必要。なので、共和党が過半数を占める上院では、弾劾実現の可能性はゼロに近い

▼米軍協力のもとで壁の予算は承認され、長期の政府機関閉鎖は回避へ

このたび生じた米議会ねじれに伴う市場の懸念は、両院で必要な予算承認が与党過半割れの下院で得られないまま、2011年から頻発している国家デフォルト騒動がまたまた発生する危険です。

2019年度(18年10月−19年9月)の米連邦政府予算は、メキシコとの国境沿いに建設中の”トランプの壁"の予算拡充が議会合意できなかったため、1年間でなく18年12月7日までのつなぎ予算にすぎないのが現状。12月7日までに以後の予算が議会合意のうえ大統領署名を経て成立しない場合には、翌日からいくつもの政府機関が閉鎖します。

インフラ建設や薬価引き下げの予算は与野党合意できる可能性が高い一方、民主党の反発が強い壁の建設費用はつなぎ予算でさえなかなか合意できないかもしれません。合意に至らなかった場合には、移民政策の象徴たる壁にこだわるトランプ大統領がシャットダウン(米政府機関閉鎖)に踏み切るでしょう(下記)。

「民主党が壁を含む国境管理策に賛成票を投じない場合には、私はシャットダウン(政府機関閉鎖)も辞さない!永住権の抽選や移民のキャッチ・アンド・リリースの制度を廃止し、最終的にはメリット審査に基づく移民制度へ移行すべきだ。アメリカには優秀な人々に来てもらいたい!」

トランプ米大統領(Jul 29th 2018)Twitter

シャットダウンが長く続いた場合には、アメリカは国家デフォルト状態に陥ります。その前に、与野党がトランプの壁も含めて予算合意し、デフォルトが無事回避される可能性が高い。なぜなら、中南米から米国へ移住しようと押し寄せる数千人の集団を阻むために、メキシコとの国境へ向かった米軍の潤沢な軍事費が壁の費用をまかなう環境となってきているからです。

北米を担当する米北方軍のオショーネシー司令官によると、国境警備隊を支援するために3つの州(テキサス、アリゾナ、カリフォルニア)へ出動した米軍5,200人は、防壁や有刺鉄線を展開していく予定(10月29日に米国防省公表)。米軍による有刺鉄線付きの国境防衛のための防壁づくりを突破口に、目的が同じトランプの壁は豊富な軍事費を活用できるようになると想定されます。

なお万が一、与野党がなかなか予算合意できず米国デフォルトが生じた場合には、基軸通貨ドルが暴落し、貿易での競争力向上のためにあからさまなドル安志向の米政権の念願がきっと実現するでしょう。

このようにトランプの壁は、国境管理の強化のためだけでなく、米政権がシャットダウンも辞さない姿勢で予算成立を促すための駆け引き、あるいは貿易不均衡是正への通貨切り下げも兼ねた多目的の複合施策です。軍事と経済のさまざまな要素が行き交う複合施策の米政権の狙いは、深刻な”双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)"への対処にあるとみてとれます。

財政支出の大きな割合を占める軍事費を減らすためには、米軍が海外のいくつかの地域(中東、朝鮮半島など)から撤退する必要があります。海外撤退した米軍がミサイルなど超高価な兵器のいらない国内の国境管理を担うことにより、軍人たちの雇用を守りながら軍事費が削減できるでしょう。

またトランプ貿易戦争での米政権の狙いは、関税上乗せによる黒字国との不均衡是正だけではない。ドル高要因の対米投資の原資(黒字国の稼ぎ)を不均衡是正に伴い激減させることにより超ドル安へ是正することも、彼らの狙いのなかに含まれているでしょう。

中間選挙で内なる敵を抑え込んだ米政権は、すでに外の敵に挑む外交交渉を本格化しており、世界の軍事情勢、各国の貿易収支、国際投資の市場環境を一変させるかもしれません。

アナリスト工房 2018年11月13日(火)記事