マンネリ緩和が招いた預金封鎖とは?

「新円発行が発表になった。(中略)父は、これで物価は下ると思ったし、金はなにより大切と思ったし、せっかくの現金をわざわざ預金してしまった。それはそのまま封鎖され、まったく無価値同然となった。(中略)あのときの金のほんの一部で、せめて闇の缶詰なり買いこんでおいたら、とあとになって私は何十回となく夢想したものだ。」

北杜夫 著『どくとるマンボウ青春記』中公文庫(1990)

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2014年8月25日(月)

1946年2月16日、渋沢敬三蔵相は悪性インフレという重い病気を治すためと称し、突然「金融緊急措置令」と「日本銀行券預入令」の公布を発表。世間では寝耳に水のこれらの法令に基づき、"新円切り替え"と"預金封鎖"をいきなり実施しました。

【新円切り替えと預金封鎖の概要】

・わが国の現在の通貨(旧円)は、新たな通貨(新円)へ切り替える。

現在使われている10円以上の旧紙幣は、3月3日以降は無効となる。

・新紙幣への交換限度は、世帯主が300円、その他が1人当たり100円。

限度を超えた額は、預金(郵便貯金を含む)に封鎖する。

・預金から月々引き出せる新円は、世帯主・その他ともに上記と同額。

ここで現代の足元の物価水準は、米1俵の価格(当時は米60kgが120円)に基づくと、当時のおおむね百倍です。よって上記概要は、今の価格に換算のうえ簡約すると次のようになります。

通貨の切り替え(旧円→新円)に伴い、1千円以上の旧紙幣は半月後に無効となる。その前にそれらを預金することにより、切り替え手続きを行なう。しかしその預金口座が封鎖されるため、新円の現金は世帯主が月3万円、その他が月1万円しか得られない。

いったいなぜ、終戦直後の日本政府はこのような荒療治に踏み切ったのでしょうか?

1946年のCPI(東京小売物価指数の前年比)はなんと510%増。極めて深刻な悪性インフレに伴う社会的混乱が生じていました。そこで当時の政府は、国民がお金を使うことを厳しく制限することにより、過度の物価上昇に歯止めを掛けたのです。

新円切り替えで旧円を回収するとともに、新円の大半を封鎖することで消費支出へ向かわせなかった結果、預金封鎖が終了(48年7月)した後のCPIは49年が63%増、50年が2.2%減。それまでの3年間(46−48年)で物価水準が48倍に高騰したため預金は無価値同然と化しましたが、わが国の悪性インフレは見事収束したのです。

とはいえ、さきの戦争で軍事費がかさみ、終戦直後の政府債務残高はGDPの2倍を超えていました。財政の行き詰まりから脱却するためには、債務調達のために発行した国債を片付ける必要があります。

当時の国債は、その"日銀引き受け(1932年11月−1949年初頭:*)"の額を除けば、国内の預金が預け入れ先の金融機関を通じて買い支えていました。

そこで日本政府は、新円切り替えおよび預金封鎖と並行して、あと2つの荒療治を断行しました。"戦時債務"の支払い停止と"財産税"の徴収です。

まず、1946年10月に「戦時補償特別措置法」が公布され、軍需産業や軍人への補償金の支払いが停止されました。国の戦時債務は帳消しとなったのです。このとき、国債残高の大半を占める"戦時国債"も支払停止されています。

続いて、翌11月公布の「財産税法」に基づき、10万円超の財産所有者は財産税が課されました。彼らの所有する金融資産(預金、国債、株式など)、不動産など財産の総額に応じて税率25−90%での一括税を徴収されたのです。

なお、財産税の納付には封鎖中の預金と支払停止された戦時国債を充当できたため、換金性のないこれらの金融資産での納税者が大勢いました。

彼らは多額の国税納付を強いられただけでなく、同時に国の借用証(国債証書)を返上させられたといえましょう。

以上、新円切り替えと預金封鎖でもって市中の資金を金融機関に集めたうえで財産税が徴収され、また戦時中の歳出の大部分を占める軍事費をまかなった国債は戦時債務の支払停止とともに切り捨てられました。

これらの一連の施策を通じて、世の中の資金が政府部門に吸い上げられたことにより、政府債務は帳消しされたのです。

大規模な"量的緩和(2001年3月−06年3月、08年12月−:*)"が実施中のいま再び、日銀と国内の預金が国債を買い支えるとともに、政府債務残高がGDPの2倍を超え膨張を続けています。さきの戦争前後と同様、わが国の財政は極めて深刻な状況です。

かつて緩和策の開始の14年後に預金封鎖と財産税徴収に至った教訓を踏まえ、一部の富裕層が国外へ財産を移す動きが足元もみられます。

しかし、税務署が5,000万円超の国外財産保有者の財産明細と100万円超の国外への送金記録を把握しているため、自分だけが課税逃れしようたってそうはいきません。

緩和をサッサと終えるとともに、歳出に大なたを振るい財政規律のさらなる悪化を食い止め、皆が終戦直後の苦い歴史を繰り返さないことが大切です。

株式会社アナリスト工房

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*)日銀引き受けと量的緩和は、日銀の国債買い取りを伴う金融緩和策。日銀引き受けは政府が発行する国債を市場を経由させず日銀へ直接売却するのに対し、量的緩和は日銀が政府の発行した国債を市場で買い取る方式をとる。