貿易戦争と軍事和平 米覇権撤退へ

"黒字国バスターズ"のトランプ政権が"刈り上げ君"を尊重する理由

2018年6月28日(木)アナリスト工房

深刻な"双子の赤字(貿易赤字と財政赤字)”を解消するためにはじめた米政権の貿易戦争と軍事和平の交渉が、これまでの"不都合な真実"を次々と明らかにしながら、世界の経済・軍事を運営する仕組み(自由貿易の体制、西側諸国の結束、アメリカの"世界の警察官"としての地位など)を根本的に変えようとしています。

トランプ政権の外国勢とのガチンコバトルは、"真の敵"が相手国ではなく実は国内の抵抗勢力であるケースが大半。

経済では黒字国からの対米投資マネーで潤い続けたい金融筋や歴代政権、軍事では米軍が展開する世界各地の軍事利権を失いたくない軍産複合体などがいまの政権の真の敵。なので、バトルの相手国が戸惑ったり、抵抗勢力派の偽主要メディアが政権を的外れに批判するシーンがいまも続いています。

米政権が仕掛けた一連のバトルは、行きづまりの様相を強めている世界の経済と軍事をどこへどのように導こうとしているのでしょうか?また、新たな経済面と軍事面のさまざまな要因が交差しながら色濃く反映する市場への影響は?

▼対米投資の見返りに貿易で負け続けてきたアメリカがついに決起

6月8・9日のG7(主要7カ国首脳会議)が意見対立のまま物別れに終わった最大の原因は、アメリカのEU(とくにドイツとフランス)・カナダとの貿易戦争でした。このときトランプ米大統領が公にしてしまった不都合な真実は、対米貿易の関税および非関税障壁が長年アメリカにとって著しく不利に定められてきたこと(下記)。

「いったいなぜEUやカナダは、アメリカに対し重い関税と非関税障壁を長期にわたり課してきたことを公表しないのか?アメリカの農家・労働者・企業にとって、まったくフェアではない。関税と障壁を撤廃せよ。さもなければ、われわれは上策に打って出るまでだ!」

トランプ米大統領(Jun 8th 2018)Twitter

歴代の米政権は、貿易で稼ぐよりも稼いだ国からの米国債などへの投資マネーに依存する借金生活を選び、輸入の関税・障壁を外国勢よりも低く抑えてきました。対米黒字国が稼ぎをアメリカへキャッシュバックする仕組みのもと、貿易で長年わざと負け続けてきたアメリカは、巨額の赤字体質と化してしまったのです(下記)。

「アメリカは貿易で年8,000億ドル負けている。責めを負うべきは歴代の米首脳であり、彼らをうまく利用してきた外国の首脳たちは運が良かったね。(中略)わが国は外国勢が金銭を奪うための貯金箱ではない!」

トランプ米大統領(Jun 9th 2018)G7退席直後の記者会見

貿易での稼ぎは雇用を創出し国民に広く行き渡る効果があるのに対し、海外からの投資マネー流入は一部の金融筋などに富が集中してしまう傾向が強い。そもそも、資源(原油、ガス、鉄、銅など)が豊富で農・畜産業(穀物、野菜・果物、肉など)が盛んなアメリカは、実は自給自足が可能なため、巨額赤字を被るほどの大量輸入の必要がないはず(トランプ貿易戦争の勝算と次の一手)。

そこで、アメリカでのモノづくりで輸出を増やし製造業の国内雇用を取り戻すことを重要政策に掲げるいまの米政権は、借金生活を改め貿易赤字を減らす荒療治に踏み切ったのです。

G7でのトランプ大統領は、議長国カナダの乳製品への高関税270%をやり玉にあげ不公正な関税を撤廃するよう強く主張のうえ、その点が他国の同意を得られないまま取り繕うように公表された共同声明を承認撤回しました。このとき、西側主要国の結束は音を立てて崩れたのです。

以後、いっそう白熱化した貿易戦争は、関税上乗せ合戦が次々と展開中。

6月22日、EUは28億ユーロ相当の米国産品(とうもろこし、バイク、ジーンズなど)に最大25%の報復関税を発動。すかさず同日、トランプ氏はEU諸国からの自動車輸入に20%の関税(いまは2.5%)を課す方針を表明し、米商務省が関税引き上げを検討しはじめました(下記)。

「アメリカの企業と労働者は、EUに関税と貿易障壁を長期にわたり課されてきた。これらの関税・障壁が速やかに撤廃されなければ、われわれはEUから輸入するすべての自動車に20%の関税を課す。自動車生産はこちらでやれ!」

トランプ米大統領(Jun 22th 2018)Twitter

またEUは、WTO(世界貿易機関)へ提訴した結果を待ち、さらに36億ユーロ相当の米国産品へ報復関税を課す方針です。カナダは、7月1日から130億ドルの米国産品(鉄鋼の一部、ヨーグルトなど)へ10−25%の報復関税を予定。トランプ大統領が叩き割ったG7の一枚岩を修復するのは不可能に近い。

貿易額世界No.1の米中の間での関税上乗せ合戦は、不思議なことに2カ国の息がピタリと合ったテンポ良い展開です。

アメリカは、中国によるアメリカの知的財産権の侵害を口実に、500億ドルの中国製品(産業機械、電子部品、医療機器など)に25%の追加関税を7月6日から2段階に分けて発動予定。対する中国は、同額の米国産品(大豆、牛肉、オレンジ、自動車、原油、ガス、石炭など)へ同率の追加関税を同日発動します。

またトランプ大統領は、6月18日に新たに2,000億ドルの中国からの輸入品に対し10%の関税上乗せを課す方針を表明し、USTR(米通商代表部)がその検討に着手。翌19日、中国商務省は質と量を組み合わせたさらなる対抗措置をとると警告しました。

▼対米貿易の黒字と表裏一体の対米投資の急減がすでにはじまった

しかし、対米貿易での中国の輸入額は1,539億ドル(中国貿易統計2017年1-12月)にすぎず、中国が2,000億ドルの米国産品に関税上乗せすることは不可能。なので、さらなる中国の対抗措置は、貿易以外の手段(とくに対米貿易と表裏一体の対米投資の削減)が想定されます。

なぜなら、対米貿易の黒字国が稼ぎを対米投資(証券投資、事業投資など)でキャッシュバックする従来の仕組みは、トランプ貿易戦争により対米黒字の前提が崩れたとき、原資を失った対米投資が激減しますからね。

実は、すでに黒字国の対米投資激減の動きが観察されます。

米調査機関ロジウム社によると、2018年1−5月の中国からアメリカへの直接投資(事業投資、企業買収など)の実行額は、なんと前年同期比92%減のわずか18億ドル。米政権によるアメリカ企業の買収防衛と中国当局による対外資産売却への圧力を受けて、投資のペースが2017通年(前年比36%減の297億ドル)から急激にスローダウン中。

貿易相手国へメリットを提供できなくなり経済覇権を退くアメリカと次期リーダーの地位を狙う中国が、貿易と投資の両面から世界的な貿易不均衡の是正に協調し取り組んでいると推察されます。不均衡是正のうえ、累積赤字の放置が許されない”金本位制”の通貨制度が導入されるかもしれません。

また対米証券投資では、2018年4月末のロシアの米国債保有高が前月末比なんと49%も激減(961億ドル→487億ドル:米財務省6月15日公表)。石油・ガスの輸出で稼ぐ黒字国ロシアは、外貨準備に占める米国債をちゃっかり処分し金塊を一段と積み上げています。ロシアに売られ価格下落・利回り上昇が顕著となった米国債の市場では、翌5月には10年物利回りが一時3.126%まで上昇しました。

アメリカの最大の債権者中国が、対米直接投資だけでなくロシアに続き米国債投資を激減させたりしないか、予断を許さない状況がしばらく続きそうです。

▼在韓米軍が退くための米朝共同声明には、侵略目的のCVIDはありえない

アメリカの北朝鮮との和平は、貿易戦争と同様にトランプ米政権の抵抗勢力(現地の軍事利権を手放したくない軍産複合体など)への攻撃として眺めると、実はとてもわかりやすい。2011年からデフォルト騒動を繰り返し深刻な財政赤字に対処しなければならない米政権は、シリアと同様に北朝鮮の軍事面をいまの軍事覇権国ロシアへ任せ米軍を撤退させたいのです。

そのために実現した6月12日の米朝首脳会談での共同声明は、1)アメリカによる北朝鮮への安全保証、2)朝鮮半島の完全な非核化、の主に2点。

会談実現前の水面下の交渉では、2)の完全な非核化に向けてアメリカ側が言及した"CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)”に対し、北朝鮮側が猛反発。軍事機密が丸見えになり必要最小限の防衛さえままならなくなるCVIDは、リビアやイラクの事例によると、対象国の政権を転覆させ富を奪うための手段ですからね。抵抗勢力のそんな理不尽な要望(CVIDなど)を除き、米朝は上記合意に至りました。

また、2)の韓国も含む朝鮮半島全体を非核化するためには、核兵器をもつ在韓米軍はもちろん半島から撤退する必要があります。トランプ政権の米軍撤退への強い意志が、2)にしっかり織り込まれているのです。

米朝の合意事項に基づき、北朝鮮の安全に脅威を与えてきた米韓合同演習がすでに中止されたとともに、北朝鮮軍はミサイル発射の中止を正式に表明のうえミサイルのエンジン試験場を破壊しました。このまま北朝鮮が核武装を段階的に縮小するのと並行し、米軍は規模縮小していきやがて朝鮮半島を退くでしょう。

▼北朝鮮のインフラ開発計画は、日本にとっても大きなチャンス

6月19・20日、今年なんと3度めの(3、5月に続き早くも)中朝首脳会談が北京で行われました。アメリカと中国を結ぶ北朝鮮は、米中の気脈を通じた関税上乗せ合戦の一役を担っているかもしれませんね。

今回の中朝首脳会談では、中国による北朝鮮への経済発展支援が確約されました。とくに注目される有力なインフラ開発計画は、鉄道とエネルギーパイプラインです。

鉄道インフラの開発は、平壌から釜山(韓国南端の港)までの路線を復旧・新設し連結することにより、広大なユーラシアの貨物輸送網の充実化させる計画が最も有力です。

平壌からは、すでに北京、モスクワとの直通列車が運行されています。北京、モスクワからの鉄道は、いまも欧州大陸のさまざまな主要都市を経由し、ドーバー海峡を渡りロンドンまで結ばれています。本件により、ロンドンへの始発駅が釜山になるのです。

海運よりもモノを早く運べるユーラシアの鉄道貨物の輸送網が整備された後には、トランプ貿易戦争での対米貿易縮小に伴う世界経済への悪影響をある程度ばん回できる効果が期待できます。もしも、この開発計画に日本も積極参加し釜山から九州北部までの200kmを海底トンネルで結べば、新たな始発駅となるわが国も大きな経済メリットを享受できるでしょう。

エネルギーパイプラインの計画は、ロシア産ガスを北朝鮮経由で釜山まで運ぶガスパイプラインが最有力な案件です。もしも、日本も主体的に参加しパイプラインを釜山から九州北部まで延長すれば、わが国のエネルギーコストを劇的に引き下げる効果が期待できます。

なぜなら従来の日本のガス輸入は、気体のガスを零下162度まで冷やしいったん液体のLNG(液化ガス)へ変えたうえ、タンカーに積み海上輸送する必要がありますからね。気体のままパイプラインで発送・受領できるロシア産ガスは、はるかに効率的なのでコスト安く済むメリットが大きいのです。

双子の赤字に苦しむアメリカが貿易相手国にメリットを提供できなくなってきているいま、黒字諸国は対米貿易に代わる新たな活路を開拓しなければならず、その有力案件が北朝鮮のインフラ開発なのです。

とくにわが国は、2020年以降の東京五輪の反動の不況を乗り越えるためには、対米依存から脱却のうえ次の時代の収益基盤を確立する必要に迫られています。千載一遇のチャンスは絶対に逃してはならない!

アナリスト工房 2018年6月28日(木)記事