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アナリストのための国際経済関係NOW

米経済圏に三行半を突きつける欧州、しがみつく日本、ほくそ笑む中国

2016年9月12日(月)アナリスト工房

海外投資や外国為替に携わるアナリストのための国際経済関係は、2年前までは金融大国かつ基軸通貨国のアメリカを中心に他の国々との関係をつかめば、おおむね事足りました。
しかし昨年、中国主導の経済圏を象徴する政策金融機関AIIB(アジアインフラ投資銀行)が立ち上がってからは、簡単に済まない場面が増えてきています。
アメリカを中心に結束していたはずのG7の過半数の国々(ドイツ、イギリス、フランス、イタリア)が、中国側のAIIBへ一斉に駆け込み、アメリカと一線を画したのです。

以降、世界の国々を囲い込むことと逃さないことをめぐり、米中の間でし烈な競争が繰り広げられています。

1.欧州に「パンくず」しか与えられないアメリカは、北米でも孤立

先月、中国政府にVIP待遇で招かれたカナダのトレドー首相が、10日間も滞在のうえ上記AIIBの参加意思を表明(8月31日公表)。来年初めには、その正式な加盟国となる見込みです。
なお、中国が世界シェアNo.1のカナダ産菜種の輸入制限緩和を決めたこと(8月31日公表)は、トルドー首相への手土産の1つとみてとれます。
来年からは、中国主導のAIIBに参加しないG7国は日米の2カ国のみ。結束力をさらに失うG7は、空中分解の危機にさらされることになりました。

並行して、EU(欧州連合)との間でのアメリカ主導の経済圏TTIP(環大西洋貿易投資協定:TPPの欧州版)は、その合意に向けた先月の交渉会合が、アメリカに不平等を押しつけられるEU側の猛反発を受けて決裂に終わりました(下記)。

【TTIPの交渉決裂時のEU主要国の発言】2016年8月
・「アメリカとの交渉は、誰もが本当に認めているわけではないが、私の理解では事実上失敗した。われわれヨーロッパ人は、アメリカ人の要求には屈したくないからね。」ガブリエル独副首相(8月28日).
・「アメリカ人はわれわれに何も与えてくれそうになく、パンくずのような提案ばかりだ!これでは、同盟国同士の交渉のあり方ではない。」フェクル仏貿易担当大臣(8月30日).
・「話し合いは行きづまった。われわれの立場は尊重されず、不平等なのは明らかだ!実現できないTTPIの議論を長引かせるよりも、現実をありのままに直視したほうがよい。」オランド仏大統領(8月30日).

上記TTIP交渉が決裂した原因は2つ。1つは、アメリカがEU加盟国の農畜産物への輸出補助金、厳格な検疫体制、遺伝子組み換え食品の禁止を非関税障壁とみなし、これらの規制を撤廃・緩和するよう強く迫ったこと。
もう1つは、米国企業がEU加盟国の規制により不利益を被る場合には、企業が国を相手にその国外の法廷に訴えて多額の賠償金を要求できる「ISDS(投資家対国家の紛争解決)条項」を、アメリカ側が秘かに盛り込んだこと。
すなわち、TTIPがEUにとって食の安全と国の裁判権を奪うとんでもない不平等協定と判明しました。怒りに満ちた独仏の上記発言は至極当然といえましょう。

みずから主導する経済圏へ誘う際に、中国がカナダへ上記メリット(カナダ産菜種の輸入制限緩和)を提供したのに対し、アメリカが欧州へメリットをほとんど与えずデメリット(不平等協定)ばかり押しつけるのはなぜでしょうか?

経常収支(貿易などでの国の稼ぎ)の黒字額No.1の中国は、農産物輸出で稼ぎたいカナダへ大きなメリットを提供する余裕がたっぷりあります。
一方、経常赤字額ワースト1でしかも財政がすでに実質破綻状態と推察されるアメリカは、赤字をいっそう悪化させる経済メリットを欧州に与える余裕がない。赤字を減らし破綻が表面化するのを防ごうと、理不尽なデメリットを言い張るしかない状態と見受けられます(騒動後の米債務問題はいっそうヤバい)。
欧米の一枚岩が崩れたのも当然の結末ですね。

2.立ち枯れた大樹アメリカを支えるニッポン。見返りはパンくず

わが国が参加予定のTPP(環太平洋経済連携協定:TTIPのアジア太平洋版)も、上記TTIPと同様に、その経済圏を主導するアメリカ以外の国々にとってはメリットがほとんどなくデメリットだらけの仕組みです。

昨年11月に大筋合意されたTPPの条文によると、例えば日本の主力輸出品の自動車が関税撤廃されるのは、なんと25年も先の遠い将来。まさに、上記フェクル仏貿易担当大臣のいう「パンくずのような」メリットですね。
国々が国外法廷で米国企業への多額の賠償リスクを負うISDS条項が盛り込まれている点も、TTPIと共通です。
にもかかわらず、わが国はそのような不条理なTPPに妥協するだけでなく、他の国々に対しそれを受け入れるよう必死に説得したのです。

TPPに参加予定の12カ国(*)のなかで経済規模が突出して大きいのは、アメリカ以外ではわが国だけ。また、日本もEU全体と同様に経常黒字です。このことからもTPPとTTIPの本当の狙いは、深刻なアメリカの赤字を黒字国に対する貿易不均衡の是正と賠償金の徴収により穴埋めすることにあると推察されます。

なお、すでに参加予定12カ国の合意に至ったTPPが実現するためには、各国がその協定を議会承認のうえ正式に批准する必要があります。いまは米議会の反対が根強いため、承認されず失効する可能性が高い。
とはいえ、世界各地で地政学上の不確実性が高まるなか西側の結束が強いられる場面も想定されることから、実際に失効するまでは予断を許さない状況といえましょう。

TPPの他にも、わが国がアメリカの赤字(経常赤字と財政赤字)を埋める手段が実施されています。日本からの対外証券投資により、アメリカの資本黒字をつくることで経常赤字をカバーするとともに、米国債を買い支え財政破たんを防ぐことです。
そんなとんでもない目的と推察される、わが国の証券投資が急増しています。

2015年の日本勢の対外証券投資は26.2兆円の買い越しで、買い越し額は2005年以降の過去最高でした。
また、今年8月までの年初来累計の買い越し額が24.9兆円(前年同期に対しなんと70%増)といっそう膨張しています(**)。その額の大半を占めるのが中長期債投資であり、投資対象の中心は市場規模が圧倒的に大きな米国債です。

しかも、今年6月のBrexit(英国のEU離脱)騒動に伴う急激な円高進行を受けてわが国の投資家(金融機関、保険会社、年金基金など)が多額の差損を被ったにもかかわらず、翌月(今年7月)の対外証券投資の買い越し額(6.3兆円)はこれまた2005年以降の過去最高でした。

EU離脱の動きが他の国々に次々と拡大した場合には、世界に最大の投資マネーを供給中のECB(EUの中銀)がEUとともに空中分解することにより、米国債とその通貨ドルを支えることが困難となります(Brexit騒動の舞台裏)。
なのに、日本勢が海外投資政策を見直さず高水準の証券買い越しを続けていることは、リスクを抑えリターンを追求する証券投資のあり方を大きく逸脱した行為といえましょう。

以上、これまで米経済圏と一線を画し中国経済圏へ向きはじめていた欧州が、カナダも中国へ駆け込んだのと同時に、もう一歩踏み込み米国との決別の姿勢へ転じました。
一方、カナダとの連れションの機会を逃したわが国は、最後のババ(米国債とその通貨ドル)を必死に買い支えている状況です。「寄らば大樹の陰」の発想でのしがみつきでしょうが、その大樹はすでに立ち枯れています。

アナリスト工房 2016年9月12日(月)記事

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*)TPP参加予定国は、GDP規模が大きい順にアメリカ、日本、カナダ、オーストラリア、メキシコ、マレーシア、シンガポール、チリ、ペルー、ベトナム、ニュージーランド、ブルネイの12カ国(2015年時点).
**)財務省公表の『対外及び対内証券投資売買契約等の状況』(2016年9月8日)に基づく.