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金利と物価でみた日本経済の成長力

市場金利からインフレを控除した「実質金利」で考える

2016年10月11日(火)アナリスト工房

日銀の金融緩和が実体経済をテコ入れできないまま最終局面にさしかかるとともに、リーマンショックに続く次の金融危機への懸念が浮上するなか、わが国の経済の先行きが心もとない。
日本の潜在成長率(長期にわたり期待できる年あたりのGDP成長のペース)は、2013年4月からの本格的な量的緩和と2014年4月の消費増税(5%→8%)を経て、足元はゼロ%前半の水準にまで低下しています(*)。

人口と生産性の伸びなどで決まる潜在成長率は、足元の市場・経済データに基づき測定する場合には、実質金利(インフレ控除後の金利水準)をもって簡単に測ることが可能です。
経済学によると、実質金利は名目金利(債券利回りなどの利子率)からインフレ率を控除して求めることができ、その水準は潜在成長率へ均衡していきます潜在成長率は名目GDPの伸びからインフレ率を控除した実質GDP成長が対象なので、その成長に見合った金利水準は同じくインフレ控除後の実質金利です。

1.インフレの悪影響を脱した足元の潜在成長率はプラスに回復

図表は、名目金利に10年物国債利回りインフレ率にCPI(消費者物価指数)を用いて計算した実質金利(=名目金利-インフレ率)の推移です。
潜在成長率は、内閣府と日銀が人口と生産性の伸びなどに基づく四半期ごとの推定結果を公表していますが、ここでは月次の市場・経済データを用いていち早く速やかに測定できる実質金利の水準をもって推定しました(*)。
この実質金利に基づく潜在成長率は、以下のようにその変化が2つの要素(国債利回りとインフレ率)で簡単に説明できる大きなメリットがあります。


実質金利でみたわが国の潜在成長率は、本格的な量的緩和がはじまる直前の2012年度の平均が1.0%(=名目金利0.8%-インフレ率▲0.2%)で安定的なプラス成長に対し、緩和強化と消費増税に伴い名目金利の低下と急激なインフレを招いた2014年度の平均がなんと▲2.3%(=名目金利0.5%-インフレ率2.8%)に悪化しマイナス成長でした。

やがて、緩和の円安誘導効果が発揮できなくなるとともに原油価格下落の追い風を受けてデフレ(負のインフレ)が復活した今2016年度の平均(8月までの5カ月間)は、実質金利でみた潜在成長率が0.3%(=名目金利▲0.1%-インフレ率▲0.4%)。
このように足元は、マイナス金利政策の悪影響を被り名目金利がややマイナスですが、過度のインフレが収まったことにより、なんとか安定的なプラス成長へ復帰しています。とはいえ、量的緩和が本格化する前との比較では、名目金利がインフレ率よりも著しく低下したため、いまの日本経済の成長力はゼロ%前半にまで損なわれてしまったのです。

2.緩和が出口に向かい、実質金利はさらに上昇。成長力1%を試す展開へ

今後の実質金利(=名目金利-インフレ率)でみたわが国の潜在成長率は、どのような見通しなのでしょうか?

まず、今2016年度にはマイナスで推移してきた名目金利(10年物国債利回り)は、日銀がゼロ%程度へ誘導していく新たな方針を先月公表しました。名目金利をゼロ%程度へ押し上げるためには、量的緩和で買い取る国債が従来よりも小額で済むことから、緩和の規模がこれから縮小していく見込みです。
日銀が緩和縮小へ舵を切った舞台裏には、来年半ばに国債市場での売り物が尽き、量的緩和が限界に至る公算があります。昨年までの円安官製相場を演出してきた緩和が出口へ向かうことは、為替が以前の円高水準へ巻き戻される大きな要因です(ゼロ長期金利は緩和終了への布石)。

また、今年度デフレ続きのインフレ率(CPI)は、緩和が出口へ近づいていくことによる円高進行での輸入物価下落を通じて、これからもデフレ継続・拡大への要因です。為替とともに輸入物価への影響が大きな原油価格も、世界経済の停滞に伴う需要伸び悩みとイランの大増産などによる供給過剰のもと、インフレにつながる市況展開は考えづらい。
なお、わが国の「働き方改革」での就労者拡大への取り組みも、非正規雇用の比率増加と労働需給の悪化に伴い、国民の賃金破壊と購買力低下を通じて根強いデフレ要因です(**)。この労働政策が物価へ及ぼす影響は、金融政策の目標(インフレ率2%)と互いに矛盾していますね。

以上、日銀の量的緩和の縮小・終了とそれに伴う円高デフレへの圧力増加などを受けて、名目金利の上昇とデフレの継続・拡大を通じ、わが国の実質金利ならびに潜在成長率はゼロ%半ば〜1%への底堅い展開(今年度平均はゼロ%後半)が予想されます。
いま懸念が浮上している次の金融危機(ドイツ銀ショックなど)、2019年10月に予定されている消費増税(8%→10%)、以後の五輪特需の一段落を乗り越え(あるいは事前に回避して)、日本経済が再び活力を取り戻すことを祈りたい。

アナリスト工房 2016年10月11日(火)記事

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*)2016年4-6月時点の潜在成長率に関する最新の推計結果は、日銀が0.24%(10月5日公表)、内閣府が0.3%(9月14日公表)。実質金利でみた上記手法による結果0.3%(7月29日測定)におおむね等しい。

**)就労者の拡大が労働需給悪化に伴う賃金破壊を招くことを記述した、参考文献を2つ紹介します。

・「機械化により働き盛りの1人の男がリストラされ、3人の若年層と1人の女性に取って代わる。男1人の賃金は、新たな4人を養っても十分あったはずでは?(中略)労働者同士の競争が拡大するにつれて、賃金は縮小していく。」
カール・マルクス著『賃労働と資本』1847年

・「今夏、英デリバルー社(出前サービスの欧州最大手)は、新たに募集する配達員がいつでも働きたいときにスマホでログインしてすぐに配達作業を引き受けられるよう、新しい労働管理システムをロンドン地区で試験的に導入した。(中略)あるベテラン配達員の朝の賃金は、旧システムのときが26ポンドだったが、新システムのもとでは18.75ポンドに激減してしまう。(中略)働き方の柔軟性は、賃金破壊の危険を招く。」
FT誌Sep 7, 2016記事『アルゴリズムが雇用主となるとき』

デフレ要因となる賃金破壊の推進役は、19世紀が工場の機械に対し、21世紀のいまが人間のスマホのつながる先にあるAI(人工知能)のアルゴリズムとのこと。すでに、アルゴリズムは人間を支配しているかもしれませんね。