トランプに冷遇された欧州を東側へ向かわせる、欠陥法制定の舞台裏 2017年8月10日(木)アナリスト工房 先週2日に成立したアメリカの対ロ制裁強化法は、ロシア産ガスをバルト海経由でドイツへ運ぶガスパイプラインを増設する合弁事業「ノルドストリーム2」を中止させ、米国産ガスをEU(欧州連合)へ売り込むことが主な狙いです。 しかし、アメリカからEU諸国へガスを輸出するためには、気体のガスを零下162度まで冷やし液体のLNG(液化ガス)へ変えたうえ、タンカーに積み海上輸送する必要があります。よって、気体のままパイプラインで欧州へ運べるロシア産ガスとの比較では、米国産ガスははるかに非効率で競争力が乏しい。 1.アメリカの主な制裁対象は欧州企業。ロシアはEUの駆け込み寺に にもかかわらず、ロシア国営のガスプロム社とノルドストリーム2の合弁事業を手がける欧州企業(独ユニパー社、独ウィンターシャル社、仏エンジー社、オーストリアOMV社など)へ制裁金を課すことが可能な対ロ制裁強化の法案は、米議会が圧倒的多数の賛成で可決してしまいました(上院98-2、下院419-3)。 その直後から、EU(欧州連合)の中核国ドイツの首脳たちが、アメリカの治外法権乱用と国際法違反について激しい非難を展開しています(下記)。
結果、極めて強硬な上記発言は、ただちにEUの首脳を動かしました。欧州企業がアメリカの対ロ制裁に伴い罰せられた場合に備え、EUがアメリカを対抗制裁できる準備はすでに整っています(下記)。
EU勢がアメリカの経済制裁に極めて強く反対する背景には、2014年に仏BNPパリバ銀行が制裁対象国とのドル資金の決済取引を行ったとして90億ドルの制裁金を米司法省に科された、とんでもない歴史があります。同行のその取引がフランスの法律には違反していないにもかかわらずアメリカの治外法権が適用されるのは、フランスだけでなくEU諸国にとっても大きな怒りと屈辱なのです。 このようにアメリカの対ロ制裁強化法は、制裁対象のはずのロシアよりも欧州企業を罰する可能性が高いことから、実質的には「対EU制裁法」と解釈できます。そんな同法の重大な欠陥については、それを署名し成立させた直後のトランプ米大統領も、ホワイトハウスの公式文書で議会への大きな不満と懸念を表明しています(下記)。
米大統領戦への"ロシア介入疑惑"を口実とした対ロ制裁が”EUいじめ"へすり替わり、いじめの危険を察知したEUがアメリカに三行半を告げロシアへ向かう覚悟を決めた事態は、いったい何を意味するのか? トランプ大統領がパリ協定離脱などで欧州勢と一線を画したのに続き、米議会がEUを東側へ走らせる法案を上・下院ともに圧倒的多数の賛成で可決しました。アメリカの政権と議会は、欧米の一枚岩を叩き割った共犯ですね。 厳しい財政事情により他の国々を面倒みきれなくなってきたアメリカは、すでに覇権国の地位を降りており、しかも外交・通商など対外政策があからさまな自国利益重視の姿勢へ転換しました。 アメリカへ大きな資金負担を強いるパリ協定から離脱したトランプ政権も、米国産ガスのEUへの押し売りと同時にEUがロシアへ旅立つよう促す米議会も、自国第1主義を共有していると解釈できます。 2.制裁理由のロシア介入疑惑は偽装。アメリカも駆け込み東西融合へ いちばん興味深いのは、アメリカの制裁対象国はロシアのほかにはイランと北朝鮮なのに、上記トランプ発言では唐突に中国も登場し東側の国々の結束がいっそう強まると示唆している点です。東側にEUが合流した場合には、経済的にも軍事的にも東西のバランスが崩れ、西側の存続が危うくなります。 前世紀の東側は、"ベルリンの壁"が崩壊した2年後の1991年に、中核国のソ連が解体しました。21世紀のいまは、ベルリン政府首脳の上記発言に突き動かされたEUが、西側の体制を大きく揺るがしています。しかも、アメリカの政権と議会がEUを東側へ向かわせている現実の根底には、東西融合への強い意志が働いているかもしれません。 そもそも、アメリカの対ロ制裁が口実とした米大統領戦へのロシア介入疑惑の真相は、DNC(米民主党全国委員会)のIT担当だったセス・リッチ氏が、DNC幹部の間で交わされた電子メールをウィキリークスを通じて公表したこと。それらのメールは、民主党内での大統領予備選で最も人気を集めていたサンダース上院議員でなく、クリントン元国務長官を勝たせるよう働きかける内容です。 昨年7月、正義感の強いリッチ氏は路上で強盗に射殺されたはずが、不思議なことに彼の財布もクレジットカードも手付かず無事でした。直後、DNC委員長だったワッセルマンシュルツ氏が、大勢を占めるサンダース支持者の非難を浴び辞任しています。 党内のエースを大統領候補として選ばなかった米民主党は、昨年11月の大統領選挙に勝てるはずがない。クリントン氏優勢との偽メディアの世論調査に続き、投票権のない不法移民を大量動員したクリントン氏への投票活動が目立ちましたが、全米規模での不正は開票・集計の段階で阻止されてしまったのです。 このようにロシア介入疑惑とは、DNC(米民主党全国委員会)による党内予備選への不公正な介入と、クリントン支持者と偽メディアによる不適切な世論調査に続く不正選挙活動。なのでアメリカは、濡れ衣を着てもらったロシアに対し実質的には大きな制裁を下せず、ロシアとの合弁事業を営む欧州のエネルギー企業へのいじめにとどまっています。 対ロ制裁の矛先を突きつけられたEUがロシアに駆け込み東西融合が実現する段階では、エネルギー開発に注力するアメリカはEUに続き東側へ走るかもしれません。とくに注目されるのは、北極海での米ロ合弁事業です。 2014年、米エクソンモービル社の合弁相手のロシア国営ロスネフチ社は、北極圏カラ海地域で大規模な油・ガス田を発見しました。直後、オバマ前政権がウクライナ問題を理由に対ロシア制裁を発動したため、その事業はいま停止中。 とはいえ、ロシアとの合弁を取り決めたエクソンモービルCEO(最高経営責任者)は、いまのティラーソン米国務長官です。ときが来れば、合弁事業が再開される可能性が高い。 そのときの米ロ交渉では、対ロ制裁を解除することは、西側の中核国だったアメリカが交渉を少しでも有利に進めるための切り札となるかもしれませんね。 アナリスト工房 2017年8月10日(木)記事 |
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