サンデル講義3(答は中国に)

共同体主義の発想の活用例として、皆さんもおなじみの外国為替市場では、中国の厳格な通貨政策があげられます。

「借金はお金を刷って返せばいい」との無責任姿勢の米国がドル通貨の大量発行を続けているため、1ドル当たりの通貨価値が長期わたり下落中です(参照「なぜ円高?」)。ドル安に伴い円は、米国発の金融危機「リーマンショック」の生じた2008年9月以降、為替市場で32%も上昇しています(2012年7月10日現在)。

一方、人民元の同期間の上昇率はわずか7%に過ぎません。その間に大震災も無くGDPで日本を抜いた中国の通貨価値の上昇が鈍いのはなぜでしょう?

中国当局が強力に為替介入しているからです。為替市場で中国人民銀行は、人民元を対価にドルを大量に買い支えています。自国の輸出産業の競争力ならびにその従業員の雇用を守るために、自国通貨の上昇を抑えているのです。

彼らのドル買い介入は、米中間の貿易不均衡の大きな原因であり、しばしば非難を浴びています。とは言え、市場の行き過ぎを防ぎ自国の経済と国民の暮らしを守ろうとする点で、それは「共同体主義の実践」と解釈できるでしょう。

共同体主義の側面をもつのと同時に、中国は主要産業と為替の政策を政府が厳しく管理する「国家資本主義」の体制です。彼らの国家資本主義の運営は、メリットとデメリットからの効用主義の手法を用います。

例えば中国の為替介入では、ドルを買い支えることで輸出産業の収益力を支えるメリットを追求するだけでなく、インフレを招く危険としてのデメリットも考慮します。

介入時に新たに発行する人民元をドルの対価として払うため、それが世の中に溢れ過ぎてしまうと、国内では1元当たりの価値低下を通じてインフレが進行するからです(下記【脚注】)。ちなみに昨年は、豚肉やニンニクなど食料品の物価急騰を招き、国内各地でデモが相次ぎました。

そのような事態を防ぐよう中国当局は、介入した場合の為替相場への効果とインフレへの悪影響を、常にモニタリングしています。それに基づく計算の上で、どれだけの規模の介入をどのタイミングで実施するかを決めるのです。

このように中国での共同体主義は、自らの利益を目的とする自由主義の枠組みと効用主義の意思決定法と一緒に機能しています。自由主義と効用主義がベースですが、そこに国と国民のためのといった共同体主義のコンセプトを取り込み、判断基準の明確な効用主義に従い結論を下します。

結果、上記のように為替市場での人民元の上昇が抑えられていることからも、彼らは市場の暴走に歯止めを掛ける共同体主義の目的を見事達成していると言えるでしょう。

3つの思想を上手く組み合わせて実践する中国の「国家資本主義」は、為替水準のコントロールだけでなく、資源・エネルギー、建設、自動車など主要産業の政策ももちろん対象。経済の根幹である重要なものは、市場原理に100%委ねず、国が積極的に運営関与するのです。

そして、彼らの一連の政策では、実は日本がお手本とされています。

次回へ続く(2012年7月10日)

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【脚注】 中国の為替介入は、ドルの対価として払った人民元を市場から吸収しない「非不胎化介入」の方式。大規模な介入に伴い大量に放置された人民元が市場に溢れるため、インフレ進行への要因となっています。