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貿易不均衡に挑むトランプ大砲外交

「歴史は消すことも、作りかえることもできないの。それはあなたという存在を殺すのと同じだから」
 村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文春文庫(2015)
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本当の敵はシリア・中露ではなく、アメリカ国内にあり!

2017年4月10日(月)アナリスト工房

2015年、カナダに代わり、中国がアメリカの最大の貿易相手に浮上しました。以来、世界でいちばん規模が大きな貿易は、GDP首位と第2位の国同士の米中貿易です。
いま、貿易収支(=輸出額-輸入額)が赤字ワースト1のアメリカと黒字ベスト1の中国との間で、摩擦が深刻化しています。なぜなら、アメリカの貿易赤字額の半分が対中貿易で生じているからです(*)。

国にとって貿易は、輸出がモノづくりに伴う雇用と海外販売の収益を生むのに対し、輸入が海外への雇用流出と費用負担が生じる要因です。その収支が大幅黒字の中国は、2014年からは"購買力平価でみたGDP(**)"がアメリカを抜き世界首位。
一方、万年巨額赤字のアメリカは、賃金の比較的高い製造業の雇用の海外流出とともに、中流層の大半が消滅してしまいました。わが国でいえば生活保護に相当する”フードスタンプ”の受給者は43百万人(2016年12月時点)で、なんと人口の13%も占めています。雇用統計上の失業者には含まれない"実質的な長期失業者(求職活動をやめてから4週間を過ぎた者)”が大勢いるのです。

1.巨額の米貿易赤字の主犯は、米国企業の製造拠点の海外移転

自由貿易論者が信奉する”比較優位”の考え方によると、世界それぞれの国が価格競争力を発揮できる分野のモノづくりに特化し国際分業すれば、すべての国々に利益がもたらされるはずでした。ところがアメリカは、貿易赤字額の4分の3が主要国・地域との貿易によるもので、しかもそのすべての国・地域(中国、欧州、日本)から大幅赤字での損失を被っているのが現状です(*)。
このように、自由貿易推進の根拠とされてきた比較優位が実際には成り立たっていないのはなぜか?

比較優位が崩れてしまった理由は2つ。1つは、主要国のなかで人件費がいちばん安い中国は、生産技術の進歩と品質管理の向上により、いまでは低級品だけでなく高付加価値品にまで高い競争力を確保していること。もう1つの理由は、アメリカ企業が安い労働力を求めて多くの工場を海外(中国、メキシコなど)へ移転したため、空洞化してしまった国内には比較優位の分野が乏しいことです。

ちなみに、わが国ではシェアNo.1の米アップル社のスマホiPhoneは、実は中国製。筆者が購読する米ビジネス・経済誌は、シンガポールやフィリピンから送られてきます。その記事がいつも新しいことから、アメリカ国内でなく発送元の現地で印刷・製本されているようです。また、米IT企業からの請求書に記されていた支払先は、なんと租税回避地のアイルランドでした。
このように、アメリカ企業の収益の多くは、労働力あるいは税金が安い外国へ流れているのです。巨額の米貿易赤字の原因は、貿易相手国よりもむしろ米グローバル企業のコスト削減行動にあるとみてとれます。

2.大砲の矛先が中東・アジアへ向かう理不尽は、もう通用しない!

企業の国内回帰でもってアメリカ人の復職を最重要政策に掲げるトランプ政権は、先週の米中首脳会談に先立ち、韓国にTHAAD(核兵器迎撃ミサイル)を配備しました。そのレーダーが半径2千kmもカバーすることから、北朝鮮だけでなく中国・ロシア極東の主な軍事拠点の状況が丸見えとなるため、中露は激しく抗議しています。
しかも、首脳会談の最中にアメリカ艦隊がシリア政府軍へ巡航ミサイルを撃ち込むことで会談相手を威嚇する企画・演出(4月7日)とは、まるで19世紀のわが国がペリー提督とハリス米領事に開国と不平等条約を迫られたときの”大砲外交”の再現ですね。

なお、アメリカがシリアのシャイラト基地への攻撃に踏み切った口実は、そこから飛び立った空軍機が反政府軍(ヌスラ)への爆撃時に化学兵器を使用した疑惑。ところが、その毒ガスを浴びたはずの子供たちを白ヘル(国際救護隊)が、なんとマスクをせず素手で子供たちに触りながら平気でいます。しかも、化学兵器疑惑のシャイラット基地は、ミサイル攻撃を受けた翌日には反政府軍への空爆を再開しました。
もしも、そこに化学兵器が本当にあった場合には、救護隊は子供たちに続き呼吸困難に陥り、空軍基地はもちろんいまも使用不能あるいは立入禁止のはずです。よって、シリア政府の化学兵器疑惑はでっちあげと見受けられます。

また、攻撃前にアメリカがロシア(経由でその傘下のシリアへ)へ事前通告していたこと、そのときシリアの制空権を握るロシアが防空システムを作動させなかったこと、アメリカが発射した巡航ミサイルの命中率(59発のうち23発)と不自然に低いことから、一連の軍事行動はやはり大砲外交のために演出された茶番劇と推察されます。

結局、北朝鮮問題の解決と貿易不均衡の是正に向けた米中首脳会談の協議は、もちろん平行線のまま。不均衡是正のための"100日計画”をこれから策定していくことが決まっただけで、具体的な合意には至ることなく会談は閉幕しました。

会談の成果としてアメリカ側だけが強調している100日計画は、そこに中国の貿易黒字減少に向けた内容(輸出補助金の縮小、元安誘導の防止など)を織り込むためには、大きな見返り(在韓THAADの撤去、中国主導の経済圏構想”一路一帯”とそれを支える政策金融機関”AIIB”へアメリカが参加することなど)が中国側から求められると想定されます。
経済・軍事覇権をすでに失ったアメリカの大砲外交が、中国から大きな譲歩を引き出すのは難しい

そもそも、アメリカの巨額貿易赤字の主な原因は、米国企業の工場の海外流出による空洞化と、実力よりもはるかに高く評価されている通貨ドルにあります。輸出を伸ばし万年赤字を減らしていくためには、工場の国内回帰とドルの通貨切り下げが必要。
大砲を向けるべき攻撃の矛先は、貿易相手国ではなく米グローバル企業の拠点展開とアメリカ自身の通貨政策のあり方なのです。

アナリスト工房 2017年4月10日(月)記事

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*)2016年のモノを対象とした米貿易赤字7,499億ドルの国・地域別内訳は、中国3,472億ドル、EU1,478億ドル、日本704億ドル、メキシコ693億ドル、その他1,152億ドル(米商務省3月22日公表の改定値)。
**)"購買力平価でみたGDP"は、世界各国それぞれの通貨建てのGDPを市場実勢でなく購買力平価(モノの価格がどこの国でも同じになるよう為替レートが決まるとの考え方)に基づく為替レートで基軸通貨建てに換算したGDPの額。その世界ランキングは、モノの生産数量の順位におおよそ等しい。