包括利益2(120%活用しよう!)

前回は、純資産は株主の持ち分であり、そこには株式時価総額の理論値が反映されること。また、そのために時価評価を要する資産・負債の対象が拡大してきていることを説明した。今回は、時価主義の下で前々回の「包括利益1」の続編。企業分析や財務会計の分野で、包括利益を活用することのメリットを紹介したい。

出発点は、財務会計での「クリーン・サープラス」。従来のP/L(現在のC/Iの売上高から純利益までの部分)とB/Sとの整合性を表す概念である。会社の支払配当が無い場合、当期のP/Lでの最終利益は、当期末の純資産に積み上がる。積み上がった利益は、会社の内部留保として”利益剰余金”の勘定に蓄積されてゆく。

無配の場合: 前期末の純資産+当期の最終利益=当期末の純資産

(配当がある場合:

前期末の純資産+当期の最終利益-配当=当期末の純資産)

ここで、純資産には含み損益を表すOCIが反映されることを思い出して頂きたい。OCIの対象は、会社の長期保有する株式や海外拠点の資産・負債。それらの株価や為替相場の変化に伴い生じる含み損益を、OCI累計額で認識する(”資本直入”と言う)。OCI累計額は、税効果を織り込み、最終利益と同じく税引後の値が記される。

純資産にOCIが含まれる中、クリーン・サープラスの関係を成り立たせるには、どうしたらよいか?

そこに積み上がる最終利益に、OCIを反映される必要がある。すなわち最終利益には、純利益でなく包括利益を使わざるを得ない。包括利益に含まれるOCIが、前期末と当期末との純資産に関する関係を成立させる。

当期の包括利益=当期の純利益+OCI

(OCI:当期末のOCI累計額−前期末のOCI累計額)

配当がある場合:

前期末の純資産+当期の包括利益-配当=当期末の純資産

(OCI累計額含む) (OCI含む) (OCI累計額含む)

実際の例を見てみよう!ここでは、2011/3期のクラレ(東証1部3405)のケースを紹介する。

同社株主に帰属する当期の包括利益157億円(うち配当73億円)。純資産は、前期末3,346億円、当期末3,431億円(同社株主に帰属する純資産を自己資本として近似した)。この時、前期末の純資産3,346億円に、当期の包括利益から配当を除く内部留保84億円(=157-73)を加算。すると、その計算値は当期末の純資産3,431億円に概ね一致する。

もしも、包括利益157億円でなく純利益287億円を用いた場合、クリーン・サープラスの精度は悪化する。純利益に基づく計算値は、当期の純資産額から約130億円(=287−157)ズレることは言うまでもない。

バリバリの「取得原価主義」の時代には、時価の変化に伴う含み損益を表すOCIがなかった。そのため、純利益から配当を除く内部留保が純資産の増加額にほぼ等しかった。しかし、我が国に「時価会計」が導入された2001/3期より、事情が一変した。「評価・換算差額等」(現在のOCI累計額)の勘定科目が設けられたからだ。以降は、純利益がベースではクリーン・サープラスが成り立たない時代がしばらく続いていたのである。

2011/3期になって包括利益が導入され、ようやくその問題が解決した。ボトムライン(最終利益)を、従来の純利益から新たな包括利益に置き換えれば良くなったのである。財務会計上の重要な概念(クリーン・サープラス)の精度が10年ぶりに復活させた意義は大きい。

財務会計だけでなく企業分析の分野でも、包括利益の活用の余地はたっぷりある。同利益指標は、株主の持ち分である純資産を、当期にどれだけ創出したかを表すからだ。

東証1部上場企業の株式時価総額は、その純資産額に対する倍率が平均1.0倍(株式指標PBR(株価純資産倍率:Price Book-value Ratio)が平均1.0倍:2011年6月30日現在)。発行体企業の純資産額が強く意識され、その水準を目安に市場株価が形成されている。

再び、先程のクラレの2011/3期のケースを見てみよう!

当期の包括利益から配当を除く内部留保84億円が積み上がり、当期末の純資産は3,431億円に拡大した。また、同社の最近のPBR(=株式時価総額/純資産額)は約1.2倍を中心に推移している。これらの決算数値に基づくと、当期は株式時価総額を101億円(=84×1.2)上昇させる要因となる。

純資産額に対する倍率を意識して株価が形成される中、企業分析でも包括利益の意義は大きい。アナリストとして、決算内容の株価への影響を見る上で重要なこの利益指標を有効活用してゆきたい。

2011年7月1日