時価主義(誰のための時価か?)

次回予定している「包括利益2」の前に、今回はそこで用いるコンセプト「時価主義」に触れておきたい。

IFRS(国際財務報告基準)との共通化が加速し、我が国の会計基準がかつてない勢いで改訂されてきている。足元の激流の特徴の1つは、資産・負債の計上額に関して、従来の「取得原価主義」から「時価主義」への移行。そこで今回は、企業分析に携わるアナリストの立場から「時価主義の本質は何か?」を取り上げる。

財務諸表の中で、海外勢(IFRS・米国基準共通)が最も重視するのは、運用・調達状況を表すB/S(貸借対照表)。企業は、株主と債権者から資金調達し、事業投資と金融商品で運用している。もしも、その様子を示すB/Sが「究極の時価主義」の下で作成されると、企業分析にどのような影響があるのだろう?

時価ベースの資産額は、CF収益を資本コストで割り引いた企業価値(および保有する金融商品の時価)に等しい。債権者に帰属する負債額は、市場金利や信用リスクを織り込み算定した理論価格(公正価値)。

貸借一致の原則から、株主の持ち分である純資産額(株主価値)は、株式時価総額の理論値となる(図表)。

即ち、企業価値評価、負債の時価評価、株式分析の作業をするまでもなく、決算書のB/Sを一目見るだけで分析が済んでしまう。アナリストは、個別企業の分析で浮いた時間を、業界での比較分析や製品の市場分析にたっぷり活用できる。

今のところ実際に時価でB/S計上されているのは、保有する株式や減損直後の事業資産に限られる。しかし、会計制度の改訂ラッシュを受けて、時価評価の対象が着実に拡大基調にある。

2014/3期の本決算からは、退職給付がらみで企業の抱える含み損である「積立不足(未認識債務)」が加わる方向。時価の精度は、IFRS/米国基準に劣らないレベルへと、大きく向上してゆく見込みである。

話を元に戻す。時価主義とは、企業への資金提供者のためのコンセプトと言えよう。債権者と株主の保有する貸出金や金融商品の価値を、デフォルトの危険や市場の需給を織り込んだ時価ベースで把握できる。

企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)には、仕入先、販売先、監督官庁を始め大勢いる。時価主義は、中でも銀行と社債・株式投資家が投資価値を測ることを重視したコンセプトと見受けられる。

「そもそも、誰のための会計か? また、会計の目的は何か?」

新たな時価主義の下、その答えは、かつての取得原価主義の時代とは大きく異なる。債権者と株主のために金融商品の市場価値把握を目的とする会計へと、既に大きく舵が切られている。

時価主義については、様々な立場から色々な理由での賛成・反対意見があろう。この場では、金融商品の評価を手掛けるアナリストとしての立場から、筆者の意見を申し上げたい。

「財務諸表から一段と有意義な情報が得られる、時価主義には大賛成!」

2011年6月11日(2012年2月28日修正)

株式会社アナリスト工房