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GMの"自社年金買い"(効果は?)

「元従業員のあなたへの月々3千ドルの企業年金を、よろしければ弊社が500千ドルの一時払いで買い取ります。いかがでしょう?」(*)

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今回のあなたは、ご自身が65才の企業年金の受給者だと想像してみましょう。もしも、元勤務先から上記内容のお願いのレターが届いたら、どのように考えて返信しますか?

今期(2012/12期)、米国の自動車最大手GMは、1997年10月以降に退社した元従業員42千人を対象に、自社の提供する年金の買い取りプランを提示している。
うちプランを承諾した者に対し、現在は毎月支払っている年金は、来期以降の分を年明け(2013年1月)に一時払いして清算する。
一時払いの金額は、冒頭の事例によると、平均寿命の79才まで月々支払った場合の総額504千ドル(=3千ドル×12×(79-65))におおむね等しい。よって、受給者の中でも平均寿命まで生きられそうにないと想定される者は、元勤務先の依頼を承諾して一時金で受け取った方が得策と言えよう。

買い取り対象となっている企業年金は、掛け金の運用環境に左右されずに元従業員への月々の支払い額が決まる「確定給付型の終身年金」である。
大半の日本企業の年金と同じタイプにもかかわらず、代表的な米国企業は一体何のために年金を買い取ろうとしているのだろう?

今回のGMの"自社年金買い"の目的は、企業年金の運営に伴う「財務リスク」の削減にある。


【出所】GMのIR資料に基づき(株)アナリスト工房作成

GMの前期末(2011年12月末)の「退職給付債務」(会社が元従業員に将来支払ってゆく年金の推定時価総額)は1,330億ドルで、年金に伴う債務は自己資本(380億ドル)の3.5倍に達する。
そこから年金の支払いに備え金融商品などで運用する「年金資産」(年金の支払いに備え運用する金融商品などの時価総額)1,080億ドルを控除した、積立不足250億ドルが「退職給付に係る負債」としてB/Sに計上されている(**)。
退職給付債務のうちB/S計上されるのは一部だが、その勘定(退職給付に係る負債)はGMの負債総額の24%も占めており、同社の財務健全性のマイナス要因となっている。
もしも将来、平均寿命の伸長に伴い「退職給付債務」が増額、あるいは運用環境が悪化し「年金資産」が減額となった場合には、退職給付に係る負債が膨らみB/Sが大きく悪化してしまうリスクがある。

そこで今般の買い取りプランを通じて、GMは退職給付債務を20%(260億ドル)削減することで、B/S悪化へのリスクを改善させる。
年金資産を買い取り資金に充てるため退職給付に係る負債は即時に減らせできないが、退職給付債務と年金資産の削減を通じて退職給付に係る負債が将来膨らむ危険を減らす効果が期待できる。
なぜなら、買い取り後は退職給付債務と年金資産の時価総額がともに縮小するため、それぞれの時価総額の変動額が連動して小さくなる。よって、両時価総額の差である退職給付に係る負債の変動額も小さくなるからである。

2009年6月に一時破綻してからも背負い続けた「負の遺産」としての財務リスクを改善するために、GMは元従業員に協力を求めている次第だ。

元勤務先からの依頼に応じるかどうかは、もちろん元従業員ひとり一人の自由である。
例えば、医師から「あと半年の命です」と宣告されている者は、おおむね平均寿命まで生きるとして計算された一時金での買い取りに応じるだろう。
一方で残る大半の健康な者は、長寿となる可能性もあるため、従来どおり月々の年金を終身受給してゆきたいだろう。しかし、買い取りに応じなかった者には、とんでもない晩年が待ち構えているかもしれない。

次回「GMの年金バイアウト」へ続く(2012年10月12日)

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(*)Bloomberg Businessweek誌 2012年7月2日号の記事「U.S.Automakers Cut Retirees Loose」で紹介されている事例を(株)アナリスト工房にて意訳。

(**)以前の会計基準では、「退職給付に係る負債」の一部の金額は「未認識債務」としてオフバランス(B/Sに計上せず)で済まされた。しかし、企業の抱える債務をより精緻に財務諸表に反映させることを目的に、オンバランス化(B/S計上へ)が義務づけられてきている。その適用時期は、日本会計基準が2014/3期、米国会計基準が2006年、IFRSが2013年から(「退職給付会計3」参照)。