物言う投資家の意向がいっそう強く反映されたコード改定の舞台裏 2018年6月13日(水)アナリスト工房 2015年に東証1・2部上場企業に対する"企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)”が導入された目的は、日本企業の持続的成長と企業価値向上だったはず。 なのに、今月1日に改定された後の企業統治指針は、市場による企業への管理・支配を強めるとともに、企業の成長と価値を損なう危険の高い内容(とくに資本コストに基づく事業の選択と集中が将来の収益基盤づくりを阻むリスク)と化しています。 わが国の企業統治改革が本格化してから3年経ったいま、市場と日本企業にいったい何が起きているのでしょうか?そもそも、ステークホルダー(企業のさまざまな利害関係者)のなかで会社経営の実務には疎い市場参加者が主導してきた企業統治改革の正体と舞台裏は? ▼米国企業は過度の株主還元によるマイナス成長を自社株買いで繕う 機関投資家が企業経営に深く関与する物言いを上場企業が門前払いせず対話に応じるよう促す企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)は、2015年、世界の市場を動かす投資ファンドのなかの"アクティビスト(物言う株主)”の意向を踏まえ定められました(下記)。
会社の経営陣との対話の場で執拗にたかるアクティビストは、世間だけでなく市場参加者の間でさえ眉をひそめる存在。なのに、彼らの物言いを奨励・サポートする企業向けのコード(企業統治指針)が導入された理由は、日銀緩和で強引に演出された株高を維持したい政策意図とみてとれます。まるで、原因と結果が逆ですね。 アクティビストの物言いの特徴は、投資先の会社に対しROE(資本利益率)などでみた企業価値の向上と株主還元(増配および自社株買い)の強化を異常にしつこく要求すること。とくに、財務体質が健全な一方で企業価値が伸び悩むキャッシュリッチな成熟企業は、彼らの格好の餌食となるケースが目立ちます(下記)。
過度の株主還元は企業価値を損ないます。なぜなら会計の重要概念”クリーン・サープラス(会社の純利益から株主還元を控除した額が資本へ積み上がる)”に基づき、株主にとっての企業価値に相当する資本は、配当と自社株買いでの株主還元の額が純利益(税引後の最終利益)を上回る場合には、減少しマイナス成長となるためです。 ちなみに、アクティビストの本拠地アメリカのS&P500企業(全米代表500社)は、FRB(米連邦中銀)の量的緩和が終了した2014年からは、 株主還元額が純利益を上回る状態が続いています(借金での自社株買いで病む米企業)。 企業価値のマイナス成長のもと、米国株の最大の買い手は発行体企業。FRBの金融引き締めにもかかわらず高値圏のままの株価を支えているのは、投資家の株式投資ではなく実は企業の自社株買い。アクティビストによる過度の株主還元への圧力が、そんな危うい不自然な株高を米国企業に演じさせているのです。 ▼アメリカの教訓を活かし、日本企業は非中核の新規事業を積極的に! わが国では、日本企業に適用される企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)がアクティビスト色ますます濃厚に改定されたことから、会社経営と株式市場の将来が危うくなってきました。 今月1日、東証が公表した企業統治指針の主な改定内容は3点。 1)政策保有株式の削減に関する方針や考え方を開示すべきと定め、株式持合いの解消をいっそう強く促すようになったこと、2)2名以上、必要に応じ3分の1以上の社外取締役を選任すべきと定めたこと、3)資本コスト(会社に要求されるROEの水準)を把握のうえ、事業ポートフォリオの見直しなどを株主へ説明するよう求めるようになったこと。 1)と2)は、会社へ物言わない持合い株主の議決権(株主総会での投票権)のシェアを低下させるとともに、アクティビスト(あるいはその息がかかった者)が会社経営に内部からいっそう強く物言いするための"バックドア(裏口)”づくりを狙った指針改定とみてとれます。 過度の株主還元を迫るアクティビストの社外取締役は、会社の企業価値を守りながら経営に携わらなければならない重役としては、利益相反の恐れがあるため不適任といえましょう。 3)は、会社のROE(=純利益/資本)が資本コストをクリアできるよう、比較的高ROEの中核事業は存続させ、低ROEの非中核事業はたとえ黒字確保できていても撤退あるいはグループの外へ売却を促すための改定と見受けられます。 しかし、いま好調な中核事業は他社の参入が相次ぎ競争激化し、やがて採算悪化し高ROEが続かないケースが大半。しかも、企業業績が集中化した中核事業に強く依存するようになるため、業績と株価が不安定となることが多い。 会社が将来を担う新たな中核事業を育成するためには、いくつもの非中核事業を伸ばすとともに新規事業を次々と立ち上げる必要があります。目先のROE目標の達成よりも、次の時代に向けた収益基盤づくりが大切なのです(カーブアウト 事業分離の悪い仕組み)。 収益基盤づくりを中止し成長の活路を失い業績低迷中の最悪の事例は、米ゼロックス。 同社は主力のプリンタ事業とのシナジー(相乗効果)を追求しIT事務外注のACS社を買収しましたが、ゼロックス社の株価が下落した2015年、アクティビストのアイカーン氏は、ACS社が担うゼロックスのビジネスサービス部門を分離・売却するよう強く主張。ゼロックスは同部門を切り離してしまったのです(下記)。
なお、ゼロックス社から事業分離されたACS社(いまのコンデユエント社)は、先月のアイカーン氏の持株比率が9.5%。まるで、同子会社が欲しかった彼はその株式を親のゼロックスから奪ってしまったようですね。 そんなグリードな(強い金銭欲の)アクティビストの意向を色濃く反映し改定された企業統治指針に従う、日本企業の企業価値と株価の将来が危うい! アナリスト工房 2018年6月13日(水)記事 |
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