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新.退職給付会計の適用事例2(影響)

2013年10月1日(火)


新たな退職給付会計(2012年5月改正の「退職給付に関する会計基準」)が上場企業へ強制適用されるのは今期の本決算(2014/3通期)からであるが、すでに31社が第1四半期(2013年4-6月)の段階でその早期適用に踏み切っている。
中から典型的なケースをいくつかピックアップし、企業の財務健全性を表す自己資本比率が新会計基準からどの程度の影響を受けたかを紹介しよう。

例えば、精密機器メーカーの島津製作所は、今期の第1四半期末(2013年6月末)の退職給付に係る負債(退職給付債務から年金資産を控除した純債務)が238億円。退職金・年金制度がらみでB/Sに計上される負債額は、前期末(2013年3月末)の退職給付引当金139億円よりも99億円増えた。


また、新たに負債額に加わる未認識債務(=退職給付に係る負債−退職給付引当金)は、退職金・年金制度で会社の抱える含み損でもあることから、自己資本の中の含み損益を表すOCI累計額(その他の包括利益累計額)にも反映される。
同社の第1四半期末のB/Sには、OCI累計額の中の退職給付に係る調整累計額32億円(税効果反映後)がマイナス計上されている。

さらに、退職給付債務の算定方法変更(給付見込額の見積もり:期間定額基準→給付算定式基準、適用する割引率:平均期間までの金利→給付見込み期間ごとの金利反映)に伴う変化額も、会社の自己資本に反映される。
同社の第1四半期は、算定方法変更後の退職給付債務の増加とともに、自己資本の中の利益剰余金が33億円減少する要因となった(*)。上記OCI累計額のマイナス計上(退職給付に係る調整累計額32億円)と合わせて、新たな退職給付会計の早期適用は65億円の資本減少へ作用している。

以上により、島津製作所の第1四半期末の自己資本比率は56.4%(=自己資本1,723億円/総資産3,055億円)。新会計基準を早期適用しなかった場合の概算値59.2%(=(1,723+65)/(3,055−99+65):**)と比較すると、負債の増加と資本の減少により2.8ポイント低い。

ただし、第1四半期は円安・株高を受けて、在外子会社の純資産と長期保有前提の有価証券の含み損益が大きく改善している。これらの含み損益を表すOCI累計額(為替換算調整勘定とその他有価証券評価差額金)の変化が、日本企業の資本減少に歯止めを掛けた。
結果、同社の第1四半期末の自己資本比率(56.4%)は、前期末(57.7%)との比較ではわずか1.3ポイントの低下に過ぎない。為替・株式市況の追い風の中で吐き出したやや悪い材料は、大幅な増収増益の好業績に見事吸収されている。

図表の5社の中で、退職給付債務の算定方法変更に伴い利益剰余金が唯一増えたヤマハは、前期末から第1四半期末にかけて自己資本比率がむしろ上昇した。
一方、自社株買いを積極的に行なった味の素の自己資本比率は4.5ポイント低下(前期末58.2%→第1四半期末53.7%)。円安・株高によるOCI累計額(為替換算調整勘定とその他有価証券評価差額金)の改善が寄与し、大規模な資本政策の実施にもかかわらず低下幅は限定的といえよう。
なお5社ともに、早期適用後も充分な自己資本を有しており、健全な財政状態に変わりない。

第1四半期決算の段階で新退職給付会計へいち早く対応したのは、わが国の上場企業の1%に過ぎない。残る99%の適用開始時に財政状態が大きく損なわれないよう、今期の本決算の時期までは為替・株式市況の追い風が止まないことを祈りたい。

株式会社アナリスト工房

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*)利益剰余金へ影響額は、退職給付債務の算定方法変更に伴う勤務費用への影響額を含む(図表の5社共通)。
**)計算式の分母から控除する負債の増加額は、本来ならば第1四半期末の退職給付引当金からの増加額(未認識債務)を用いるべきだが、一般に第1四半期の決算短信ならびに四半期報告書にはその数字が記載されていない。
四半期の注記情報が限られるなか、ここでは前期末と第1四半期末の退職給付引当金は等しいと近似し、前期末の退職給付引当金からの増加額を用いた。よって、新退職給付会計を早期適用しなかった場合の自己資本比率は、執筆時点で得られる情報に基づく概算値である(図表の5社共通)。