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対米貿易の日本史を学ぶ中国が逆襲

IBM産業スパイ事件の教訓が、ファーウェイ騒動を収束。貿易戦に貢献

2019年3月7日(木)アナリスト工房

3月下旬の米中首脳会談までにアメリカと中国の貿易交渉の結論が出た(交渉が合意あるいは決裂し再延長されない)場合には、翌4月から5月下旬の日米首脳会談に向けて日本とアメリカの貿易交渉が本格化する予定です。

自動車や電気製品をアメリカへ輸出し、部材や産業機械を対米黒字額No.1の中国へ供給する日本は、日中ともに貿易での稼ぎに相当する黒字額を激減させない対米交渉の決着をつけなければ、大きな経済的打撃を被る可能性が高い。
対米投資の原資となっている黒字国の稼ぎが失われる場合には、アメリカの債券と株式のバブル崩壊が再開するでしょう。リーマンショックに続く次の世界危機を招かないためには、日本・中国ともに対米貿易交渉で大敗せず黒字を保つことが大切なのです。

通貨安誘導を防ぐための”為替条項”をアメリカから要求されている点も、日中共通。先行して昨年12月から本格化した米中貿易交渉の動向と行方には、日本の輸出企業と海外投資家は最後まで目が離せない。

▼学んだ歴史は、スパイ罪の付け替え(米諜報機関→日本企業)

いまの米中貿易交渉のなかで最大の注目点は、1980年代の日本の対米交渉失敗の苦い歴史に学んだとみてとれる中国が、今回の交渉でいちばん難航してきた補助金付きハイテク産業育成策「中国製造2025」を貫き通すための国際世論づくりに2月から健闘していること(後述)。
3月5日の全人代(中国の国会)で李克強首相は、「製造強国の建設を加速させる」意志を改めて強調するとともに、「中国国民がアメリカとの厳しい貿易戦争に対抗する用意がある」と決意を表明しました。

ハイテクの重要分野は、21世紀のいまがさまざまな電気製品や自動車をネットにつなぐ次世代高速通信の”5G”に対し、1980年代がコンピュータと半導体でした。ハイテク製品の研究・開発を補助する中国の政策は、80年代に国際競争力の高い和製のコンピュータや半導体を育て上げた日本の産業政策が手本です。
いまの中国と同様に当時の日本は、補助金付きの産業政策が「不公正だ!」と、貿易不均衡の是正を迫る米政権から強い非難を浴びていました。

日米貿易戦争の最初の試練は、1982年に日本の大手電機メーカーの社員たちが米IBM製コンピュータに関する極秘情報を不正入手した容疑で米諜報機関FBI(連邦捜査局)に逮捕された”IBM産業スパイ事件”です。
IBMユーザーのソフトが和製コンピュータでも使えるよう改良する目的で、日本人技術者たちがIBM機のインターフェイス仕様書を購入しようとした先は、なんとFBIが設立したダミー会社。彼らは米諜報機関のおとり捜査にはめられ、スパイ容疑で逮捕されてしまいました(下記)。

「1982年6月22日、FBI(米連邦捜査局)は、世界最大の電算機メーカーIBMの開発した超大型コンピュータとその周辺機器に関する極秘情報を不正に入手した容疑で、カリフォルニア在住の日立製作所社員・関係者6人、三菱電機社員1人を逮捕したと発表」
「日立製作所は翌23日の記者会見で、FBIがおとり捜査用に設立したダミー会社に対する62万2000ドルの支払いは認めたが、『不正がない情報と判断した』ことを強調した」

「日立製作所は、刑事裁判とは別にIBMが提訴した民事上の損害賠償請求によって、コンピュータの開発や販売に支障をきたしたため、無罪主張から早期決着に方針を転換。翌1983年2月8日、『日米関係の将来を考慮して』本社と2人の社員が有罪を認めることで、司法取引に合意した。(中略)日立側の全面譲歩となった」
講談社 編『昭和2万日の全記録 第17巻』1990

逮捕された日本の電機メーカーの技術者たちは、購入しようとしたIBM機の仕様書を「不正がない情報と判断した」にもかかわらず、最大の貿易相手国アメリカへ配慮し罪を認め司法取引に応じてしまったのです。以後、事件による販売への悪影響が続いたのと米政府からの入札妨害を受けて、和製コンピュータの対米輸出は伸び悩みました(上記)。

そもそも、スパイ工作を行いIBM産業スパイ事件をつくったのはアメリカの諜報機関FBIです。真犯人が客観的にみても明白なのに、日本企業がその罪を引き受けたあげくビジネスで損害を被った史実は、苦い失敗の日本企業史の1ページといえましょう。

▼歴史の教訓を活かし、誰が本当のスパイかを世界に公言する中国勢

一方で21世紀のいま、自分たちを罠にはめたスパイ工作の担い手が実は米諜報機関だと世界へ公言することにより、欧州でのシェア獲得に善戦しはじめたのは、次世代高速通信5Gに強みをもつ中国の通信機器大手ファーウェイです。

ハイテクの重要分野の5Gに出遅れたアメリカは、昨年12月にファーウェイのCFO(最高財務責任者)をイラン制裁に違反した容疑でカナダの司法当局に逮捕させました。治外法権の乱用とは理不尽ですね。
並行して米政府は、根拠を示さずにファーウェイ製品にはセキュリティ侵害の問題があるとして、その排除を政府機関だけでなく同盟諸国に働きかけてきました。貿易相手国の企業に対し社員を逮捕のうえスパイ呼ばわりとは、まるでIBM産業スパイ事件の二番煎じですね。

ところが2月26日、世界のIT企業の幹部たちが集うスペインでの携帯通信見本市「MWC 2019バルセロナ」の講演では、郭平ファーウェイ副会長が元NSA(米諜報機関のなかの国家安全保障局)の職員でいまは超監視社会の危険を説くスノーデン氏の画像を映しながら、米諜報機関NSAが世界中の通信傍受している実態を面白おかしく指摘。直後、会場は笑いと拍手につつまれました。

スパイ行為の世界最大の担い手が米諜報機関であることは、IT業界ではすでに周知の事実だったようですね。郭平氏のそのときの講演内容は、FT紙に寄稿・掲載されており、すでに世界に広まっています(下記)。

「スノーデン氏による内部告発は、NSA上層部が世界の人々の通信に関する"すべての情報収集"に励む様子を露わにした。その暴露文書は、アメリカのIT・通信企業と結託してきたNSAが、大容量の国際光ファイバケーブルとスイッチやルータ経由で世界の至る所にアクセスしてきた実態を示す」

NSAの通信傍受のためにルータやスイッチへの細工を依頼された場合には、中国企業は協力しないだろう。(中略)ファーウェイ製の機器が世界のテレコム通信網に普及するにつれて、NSAのすべての情報収集が困難となるのは明らかだ。ファーウェイは、すべての人々に対するアメリカのスパイ行為を阻止する」
「名指しでのファーウェイ批判は、米政府が重要技術の戦略推進で遅れたことの責任転嫁だ」

郭平ファーウェイ副会長(Feb 26th 2019)英FT紙への投稿
『The US attacks on Huawei betray its fear of being left behind』

並行してファーウェイは、ユーザーがセキュリティ侵害の恐れの有無を検証できるよう、欧州の中核国ドイツとEU本部のあるベルギーにサイバーセキュリティ・センターを開設しました。結果、いまのイギリスやドイツなど欧州勢は、同社の5G製品の採用に前向き姿勢が伺い知れます。

スパイ連中にスパイ呼ばわりされたときは、誰が本当のスパイかを世界に面白おかしく公言するとよい。それが、IBM産業スパイ事件の苦い日本史から中国が得た教訓とみてとれます。
理不尽な相手に反撃するときは、周囲の関心と共感を呼びながらやんわりとノーを突きつけるのが、世間では理不尽が通用しないことを相手に気づかせる良い方法かもしれません。

3月下旬の米中首脳会談までの貿易交渉では、「中国製造2025」の一部の内容変更(外国企業の参加を一部認めるなど)を中国が受け入れるもしれませんが、そのハイテク産業育成の国策の主旨は揺らぐことはないと想定されます。
あわせて中国が米国品の輸入拡大とともに不均衡是正への道筋を示すことにより、交渉合意に至り関税のさらなる上乗せ(アメリカが中国品2000億ドル分に適用している追加関税が10%から25%への引き上げ)はひとまず回避される可能性が高い。

ただ、いまの超割高なドルの為替水準のもとでは、不均衡是正は実際には期待できないのが実情です。1980年代の貿易戦争と”プラザ合意(ドル切り下げ)"の歴史に学んだ米政権がドル切り下げに踏み切るまでは、対米貿易交渉は小休止と再開を繰り返していくでしょう(トランプの政府機関閉鎖は天敵追討)。

アナリスト工房 2019年3月7日(木)記事