人民元切り下げのとんでもない舞台裏

通貨を切り下げながら買い支える中国の本当の狙いは?

2015年8月25日(火)アナリスト工房

人民元の為替市場では、中国人民銀行(中央銀行)が日々”基準値"を定め、その上下2%の範囲で相場変動が許されている。

為替を厳しく管理する中国は、人民元を世界の主力通貨にする目的でIMFのSDR(国際通貨基金の特別引出権:*)の構成通貨に加えたい。そのためには、元相場は従来よりも市場原理に近い仕組みで形成されることが必要だ。

とはいえ、元相場の形成を市場に完全に任せた場合には、中国の巨額の貿易黒字と外貨準備(ともに世界首位)を背景に、著しい元高を招く危険が高い。

まず、今月8日公表の中国貿易統計(速報)によると、1−7月累計の貿易黒字は前年同期の2.03倍の3,052億ドル。輸出は伸び悩んだ(前年同期比▲0.8%)が輸入が大きく減った(同▲14.7%)ため、黒字額はいっそう膨らんでいる。

中国の貿易黒字拡大は、輸入先(日欧米など)の企業業績ならびにGDPへ悪影響をおよぼす。

一方、その為替への影響は、中国企業が受取った外貨建ての輸出代金を人民元に替える「外貨売り・元買い」の需要が増えるため、元高への要因である。

なお中国株のバブル崩壊は、その投資額の大半が国内マネーであることから株式投資に伴う為替がさほど生じないため、人民元相場への影響はほとんどない。

上海総合指数は、1年足らずの間になんと2.5倍の水準に急騰した後、その最高値(6月12日は一時5,178)からわずか2カ月半後のいまは4割も暴落。

不自然な荒い値動きから、中国株式市場の主役は国内の投機目的の輩とみてとれる。為替には関係ない。

しかも、外国勢への資本規制が厳しい中国株は、国際証券投資の主な対象でないため、そのバブル崩壊が他国の市場へ波及しづらい(例えば、投資家が中国株で被った損失を先進国株の売却でもって穴埋めするケースは少ない)。

ちなみに、いまの日米欧の株価急落は、各国の中国への輸出ならびにGDPが伸び悩んでいるため、量的緩和マネーで無理に釣り上げた高水準の株価が維持できなくなったことが原因だ。

話を中国の為替に戻そう。

AIIB(アジアインフラ投資銀行)をはじめ、中国主導の政策金融機関が次々と立ち上がり始めた。その資金をまかなうために、中国人民銀行は外貨準備で保有する米国債をせっせと換金中(AIIBの資金源は米国債の売却代金)。

結果、今年7月末の中国の外貨準備高は3兆6,500億ドル(昨年末は3兆8,400億ドル)。昨年6月につけたピーク(3兆9,900億ドル)から大きく減少している。

不要となったドル(米国債の売却代金)はドル売り・元買いの為替介入で処分するため、中国の米国債売却もまた元高への要因だ。

このままでは、人民元相場の形成を市場にすべて委ねてしまった場合には、購買力平価に基づく理論価格(英エコノミスト誌2015年7月16日の記事『ビッグマック指数』によると1ドル=3.55元)に向けて、超元高へ進む可能性が高い。

よって、人民元を主力通貨にしたい中国は、急速な元高を防ぎながら元相場形成を市場原理に近い仕組みに改めなければならない。しかも、世界の政策金融に必要な資金を確保するために、元高要因の米国債売却をまだまだ続けてゆきたい

そこで、これらの政策目的をすべて満たすよう編み出したのが、今月中旬の元切り下げに始まる一連の奇策である。

まず、8月11日から3日間にわたり基準値が次々と切り下げられた結果、人民元の市場相場は2.9%下落した(1ドルあたり6.210元→6.398元)。

翌14日以降は、前日の市場相場に基づき基準値が定められるようになった。この点について、IMFは歓迎の意を表明している。元は来年9月からSDR構成通貨に加わる可能性が高まった。

また、基準値切り下げと並行して、中国人民銀行はドル売り・元買い介入を実施。とくに一時1ドル=6.451元の安値をつけた13日には、大規模介入が観測されている。

為替介入での元買いに伴い市中の資金流動性がひっ迫するなか、先週の中国人民銀行はリバースレポ(債券担保貸出)1,500億元とMLF(中長期貸出)1,100億元により、大量の資金供給を行った(**)。合わせて400億ドル相当である。

一方、介入でのドル売りに伴い、今後の中国の米国債保有残高ならびに外貨準備高がどれだけ減少してゆくかが注目される。

以上により中国は、人民元が世界の主力通貨への要件(市場相場に基づく為替の値決め)のクリアと、AIIBなどで必要な資金を手当てするために米国債ならびにドルの換金売りを、元高進行を招くことなく着実に実行している。

一連の奇策は、これまでの市場の歴史を踏まえたうえでの緻密な計算(とくに通貨切り下げと為替介入の組み合わせ)に基づくと見受けられる。いっけん相反する政策目的(上記)をすべて達成するための最適な戦術といえよう。

なお足元の世界情勢は、リーマンショック(2008年9月)に続く金融危機の様相を呈してきた。主要国の株価指数のなかで最も暴落しているのが上海総合指数なのに、いまのところ中国の株価対策には積極性がみられない。

プリントマネー(量的緩和)で何の裏づけもなく刷ったお金で株式を買い支えたり、年金基金の運用資金を強引に株式に振り向ける愚かさを、先進国の歴史の教訓から学んだのかもしれませんね。

株式会社アナリスト工房

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*)SDR(特別引出権)は、IMF(国際通貨基金)が加盟国へ配分する独自通貨。その価値は、いま4つの通貨(円、ドル、ユーロ、ポンド)に裏づけられている。2016年9月以降そこに人民元が加わるかどうかが注目されている。

**)中国人民銀行の資金供給額は、2015年8月21日のBloomberg記事『PBOC Tries and Fails to Lower Rates as Intervention Drains Yuan』に基づく。