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日銀緩和へ引導を渡す対米貿易戦

日米貿易協定の為替条項が、日本のマンネリ量的緩和を強制終了へ

2019年4月15日(月)アナリスト工房

物価安定や景気テコ入れのために中央銀行が行うさまざまな金融政策(利上げ、利下げ、量的緩和など)のなかで、経済と社会に与える副作用が最も大きな劇薬は、量的緩和(中央銀行が国債などを大量購入することにより、市中へ資金供給する金融緩和策)です。
政府債務をまかなう国債の多くを中央銀行が引き受ける”財政ファイナンス”たる量的緩和は、国の財政規律を失わせ国家破たんへの危険を高めますからね。

1930年代の大恐慌後の景気テコ入れと満州事変の戦費をまかなうために、高橋是清蔵相がはじめた"日銀の国債引き受け(1932−1949年)"は、第2次世界対戦後の国家財政の行き詰まりと過度のインフレを引き起こしました。
そこで当時の日本政府は、戦時債務の支払いを停止するとともに、国民から財産税(預金、国債、株式、不動産などの財産に対する一括税)を税率25−90%の累進課税方式で徴収。元祖量的緩和の後始末は、政府債務の帳消しと国民から政府への富の大量移転だったのです(マンネリ緩和が招いた預金封鎖とは?)。

21世紀のいまの日銀量的緩和(2008年12月−)では、すでに日銀が日本国債の45%を買い集め保有しています(18年12月末時点)。しかも過去10年間で、日本国債の発行残高が257兆円の増加に対し、日銀の国債保有高はなんと405兆円も膨張しました(下記)。

08年12月末:日本国債の発行残高790兆円、日銀保有高63兆円
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18年12月末:日本国債の発行残高1047兆円、日銀保有高468兆円

すなわち、いまの日銀緩和は1.58倍(=405/257)の財政ファイナンスであり、1倍以内で済んだ前世紀の元祖量的緩和(さきの戦争前後の日銀の国債引き受け)よりもいっそう危険なのです。

▼過度の財政ファイナンスの正体は、アメリカへの投資マネー献上

いまの1倍をはるかに超える財政ファイナンスは、日銀が新規発行の国債をいったん債券市場を通して引き受けてきただけでなく、市場の投資家(日本の金融機関、年金基金など)から国債を大量購入してきたことを示しています。

日銀への国債売却に応じてきた日本の投資家は、売却代金でそれ以外の資産(海外の債券、国内外の株式など)を購入してきました。なかでも市場規模No.1のアメリカをはじめ海外市場には、大量のジャパンマネーが流出中。バブル崩壊への懸念が広まった18年10月以降も、米国債など海外債券への投資がいっそう活発に行われています(下記)。

<日本の対外証券投資の買い越し額> 財務省19年4月8日公表
    18年4月−18年9月:中長期債7.3兆円、株式など6.6兆円
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    18年10月−19年3月:中長期債10.1兆円、株式など0.5兆円

米国債10年物の利回りが一時3.259%まで高騰(価格が急落)した18年10月の翌月からは、日本の対外証券投資では中長期債が毎月連続の買い越し。価格下落に転じた株式の買い越し額が激減した一方、米国債をはじめ中長期債の買い意欲はバブル崩壊懸念にもかかわらずますます旺盛です(上記)。

日銀緩和の悪影響を受けて、本来であれば運用資産の最大比率を占めるはずの日本国債の利回りがゼロ近辺(あるいはマイナス水準)のなか、ジャパンマネーは海外へ向かう選択肢しかないのが実情。
すなわち、日本の1倍超の財政ファイナンス(量的緩和)のうち1倍を超える部分は、海外投資促進のための日本国債下取りに充当されており、国内ではなく外国(とくにアメリカ)の財政を支えているのです。

▼貿易重視のトランプ政権は、円安を促す日本の量的緩和にノー!

貿易黒字国が稼ぎを対米証券投資で赤字国アメリカの財政をファイナンスする(まかなう)仕組みは、日銀量的緩和がはじまったときのブッシュ政権と次のオバマ政権のもとでは、至極当然のことでした。
一方でいまのトランプ政権は、膨らみすぎた双子の赤字(貿易赤字と財政赤字)を続けるのが難しくなってきたなか、貿易不均衡の是正と米軍の海外撤退での赤字削減に本気で取り組んでいます。そのためには、アメリカの赤字と裏表一体となっている黒字国の黒字額を減らす必要があるのです。

しかし、トランプ貿易戦争での関税上乗せ合戦にもかかわらず、最も巨額の対中貿易赤字がなかなか改善しません。
18年7月以降、アメリカは中国からの年間輸入額の半分に相当する2,500億ドル分に10〜25%の追加関税を次々と発動し、中国はアメリカからの年間輸入額の85%相当の1,100億ドル分にすかさず5〜25%の報復関税を課してきました。が、19年1−3月のアメリカの対中貿易赤字は、前年同期に対し膨らんでいます*)

本来であれば関税上乗せにより荷の動きが悪化し貿易不均衡が是正できるはずが、実際にはなかなかそうはいきません。なぜなら日中をはじめ黒字国からの対米投資マネーが、投資実行時の自国通貨売り・ドル買いを通して、ドルを買い支えているからです。ドルが超割高水準に祭り上げられたなか、価格競争力の乏しい米国製品は、中国製品よりも輸出の落ち込みが激しい*)

英エコノミスト誌の購買力平価”ビッグマック指数(19年1月公表)”によると、ドルの理論価格は中国元に対し1ドル=3.75元、日本円に対しては1ドル=69.9円。米国製品が日中の製品と同じ価格競争力をつけることにより、アメリカが貿易不均衡を是正できるためには、市場のドルは足元の実勢から4割切り下がる必要があるのです。

米政権のドル切り下げへの布石とみてとれるのは、貿易相手国が競争力を高める目的で自国通貨安へ導くことを禁じる"為替条項"を貿易協定に設けること。USMCA(新NAFTA:米メキシコ加貿易協定)、米韓貿易協定に続き、日中に対しても為替条項が押し付けられる可能性が高い(下記)。

「アメリカは貿易収支を改善するために、NAFTA圏での貿易赤字を減らす。(中略)NAFTA加盟国が貿易の支払負担を減らしたり競争力を不公正に高める目的で為替操作しないよう、適切な仕組みを確保する」
USTR(米通商代表部)『NAFTA再交渉の目標の要約』Jul 17th 2017

「日本は、貿易での効率的な均衡を阻んだり不公正な競争優位を得たりしないよう、為替操作を避けることを確約する」
USTR『USJTA(日米貿易協定)の交渉目的』Dec 21th 2018

日米貿易協定に為替条項が設けられた場合には、アベノミクスの円安を推進し輸出企業の業績を押し上げてきた日銀量的緩和は、為替操作に該当するとみなされ禁止されるでしょう。

幸い、すでに日本の量的緩和は顕著に縮小中。日銀が量的緩和で買い取った金融商品(国債とETF)の19年3月末の保有高は、前年同期に対し28兆円増。すなわち、足元の量的緩和の規模は年28兆円で、ピーク(16年8月末時点の緩和規模は年94兆円)からすでに70%も縮小したのです(図表)。


日銀が緩和規模をひそかに縮小しはじめたのは、あからさまなドル安志向のトランプ大統領が、日中などの為替操作を名指しで非難しはじめた時期(17年1月)とおおむね一致していますね(下記)。日本の金融政策の現場は、すでに量的緩和の強制終了への準備を進めているとみてとれます。

「他の国々は通貨切り下げにより持ちこたえている。中国が何をしでかしているのか、日本が長年にわたり何をしてきたのかに注目!彼らは金融市場を操作し、自国通貨安へ誘導している」
トランプ米大統領(Jan 31th 2017)製薬業界との会合での発言

まもなく本格化する日米貿易交渉は、危険な過度の財政ファイナンスたる日銀量的緩和を東京五輪までに終える、最後の好機となるでしょう。もしもその好機を逃してしまった場合には、五輪終了後の反動不況のなかで過酷な緩和終了を強いられるかもしれません。善は急げ!

アナリスト工房 2019年4月15日(月)記事

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*)2019年4月12日公表の中国貿易統計によると、1−3月の対米貿易の輸出額911億ドル(前年同期比8.5%減)、輸入額285億ドル(同31.8%減)。中国からアメリカへの輸出よりも輸入の落ち込みが激しいため、貿易収支が拡大(同8.3%増の626億ドル)。よって、トランプ貿易戦争後のアメリカの対中貿易赤字は膨らんでいます。