逆イールド米債 トランプの背水の陣

短期はFRB征伐、長期は債権国との貿易戦争によりイールド是正へ

2019年8月21日(水)アナリスト工房

7月末に米連邦中銀FRBが終了した量的引き締め(過去の量的緩和で買い取った国債などを大量売却することにより、市場から資金を回収する金融引き締め策)の最大の副作用は、アメリカ経済の先行き停滞を示唆する米国債の"逆イールド(長期金利が短期金利を下回る状態)”を深刻なレベルにまで悪化させてしまったことです。

米国債に関するFRB量的引き締め(17年10月−19年7月)は、実は19年5月から月平均240億ドルの最大規模にまで加速された状態で、トランプ政権の圧力を受けて7月に突然終了しました(トランプ通貨安戦争の内戦と外戦)。

その後の米国債市場では、FRBによる大量売却が突然終わり需給がいきなり改善した10年物の長期金利がなんと1−3カ月物の短期金利を下回る、逆イールドの曲線がますます顕著になっています(図表)。

米財務省の公表データに基づきアナリスト工房作成

インフレ率と実質金利(インフレ控除後の利子率)から成る長期金利は、市場参加者たちによる満期までの名目経済成長率(=インフレ率+実質経済成長率)の長期見通し。インフレ進行の危険に長くさらされる長期金利の水準が短期金利水準を下回る逆イールド現象は、市場が将来の長期にわたる経済停滞を懸念していることを意味します。

・ 長期金利 (名目経済成長率の長期見通し)

= インフレ率 (期間が長いほどインフレ進行の危険が高い)

+ 実質金利 (満期までの実質経済成長率の見通し)

・ 長期金利 < 短期金利 → 逆イールドは長期経済停滞への懸念

(市場需給)(政策連動)

逆イールド状態が長く続いた場合には、サマーズ元米財務長官が唱えるアメリカ経済の『長期停滞論』は現実となる可能性が高い。ちなみに日本経済は、1990年代前半に逆イールドが現れはじめてまもなく"失われた数十年”に陥り、現在に至るのが実情。

アメリカの長期経済停滞とその世界への悪影響を防ぐためには、短期金利と連動性の高いFRBの政策金利を引き下げるとともに、米国債市場の需給を悪化させ長期金利を引き上げることが必要です。

トランプ政権は、FRBに政策金利の利下げ継続を執ように促すのと同時に、海外からの米国債投資の資金源となっている対米貿易黒字の是正をいっそう強く迫るようになりました。危うい逆イールドの”背水の陣"を敷いた米政権は、FRBとの内戦および黒字国との貿易戦争に、不退転の決意のうえ要求を貫き通す姿勢で臨んでいるとみてとれます。

▼FRBの失策が招いたアホな逆イールド。米政権が金融政策を主導へ

8月14日の米国債市場では一時、30年物の超長期金利が史上初の2%割れまで急低下。このとき、米国債のあらゆる年限の利回り(1カ月物から30年物がすべて1%台)は、前月末に0.25%引き下げられたFRB政策金利(翌日物2−2.25%)をはるかに下回りました。7月の限定的なFRBの利下げは、半月足らずで下げ幅不十分な失策だったことが明らかになってしまったのです。

過去の統計重視のエコノミスト集団FRBは、現在進行中の貿易戦争に伴う最大級の経済リスク要因をすっかり軽視していたようですね。

遅れたうえ不十分な対応が「クレイジーな逆イールド」を招いてしまったFRBは、トランプ大統領から「アメリカの問題」だとまたまた強い非難を浴びました(下記)。

「アメリカの問題はFRBだ。速すぎた過度の引き締めに続き、今回は利下げが遅すぎる。(中略)クレイジーな逆イールドの曲線だ」

トランプ米大統領(Aug 14th 2019)Twitter

「本日の逆イールド曲線から読み取れる将来の経済不確実性は、"FRBができる限り速やかに0.5%の追加利下げを実施する必要がある"との新たな警告を発している」

ナバロ米大統領補佐官(Aug 14th 2019)FOXのインタビュー

またナバロ大統領補佐官は、逆イールドが示す将来の経済不確実性への備えとして、FRBに対し「できる速やかに0.5%の追加利下げを実施せよ」とさらなる利下げ幅の数値目標を明確に突きつけています(上記)。

リーマンショックに続く次の金融危機への懸念が高まるなか、9月のFOMC(アメリカの金融政策決定会合)までに0.5%の追加利下げは、ズバリ落とし所と想定されます。ナバロ氏に従いFRBが追加利下げに踏み切ったとき、金融政策の主導権は中央銀行から政権側へ実質移る可能性が高い。

▼黒字債権国の米債投資が、不均衡是正に伴い縮小。長期金利は反発へ

米国債の逆イールドを是正するためには、短期金利と連動性の高い政策金利の追加利下げと並行して、発行量の多い長期債への投資需要を減らすことにより長期金利を反発させる必要があります。

長期金利反発を促すのに有効なトランプ政権の政策は、日中など対米黒字国との貿易戦争です。アメリカによる黒字国への関税制裁などを通じて、深刻な米貿易赤字の削減と同時に、黒字国からの米国債投資の資金源(貿易黒字)を断つ狙いがみてとれます。

アメリカの最大の貿易相手である中国の対米黒字額は、19年1−7月が前年同期比わずか4.6%増の1685億ドルで、18年通年(前年比17.2%増の3233億ドル)の後は伸び悩んでいます(中国貿易統計に基づく)。

また、米中貿易戦争での関税上乗せ合戦がはじまった18年後半から中国は、外貨準備の米国債を処分し貴金属の金を買い続けており、19年6月末の米国債保有高が前年同期比6.6%減の1兆1125億ドル。このとき、日本(前年同期比8.8%増の1兆1229億ドル)を下回った中国の米国債保有ランキングは2位に後退しました(米財務省の公表データに基づく)。

他のBRICS諸国(とくにロシア)と一緒に中国が米国債から金への資金シフトを進めているのは、いまのドル基軸の国際通貨体制が金本位制へ移行するときへの備えと推察されます。

新たな通貨体制に向けて金準備を積み増し米国債を取り崩したい中国のニーズは、貿易不均衡を是正し黒字国の米国債投資の原資を減らすことより長期金利を反発させ危険な逆イールドを是正させたい米政権の意向とピタリと合うのです。米中ともに、実は貿易戦争を終わらせたくないとみてとれます。

「私は中国との貿易交渉への準備を何もしていない。(中略)アメリカがファーウェイと取引する予定はない」

トランプ大統領(Aug 9th 2019)ホワイトハウスの記者会見

「中国政府は、米政権と早期に貿易合意できることを期待していない。以前から多くの中国人は、米中合意に至らない場合への覚悟ができている」

グローバルタイムズ記事(Aug 19th 2019)

『US can’t influence Beijing’s decision on HK』

すでに中国からの輸入品2500億ドルに追加関税25%を課している米政権は、9−12月には新たに3000億ドルの中国品を2回に分けて追加関税10%の対象とする予定(スマホ、PC、おもちゃなど1600億ドルは12月15日、それ以外は9月1日に発動へ)。以降、アメリカの中国からの年間輸入額のほぼすべてが関税制裁対象となります。

閣僚級の米中貿易交渉は、7月から電話協議が再開されたとはいえ、2カ国の大きな溝(米農産物の輸入再開、中国ファーウェイ社への米製部品の安定供給など)がなかなか埋まらず、対面交渉の日程が依然未定。

このままでは来年は、中国からの3000億ドルの輸入品にかかる米追加関税が他の中国品と同じ25%へ引き上げられ、一律となった後の税率25%がさらに上昇していくと想定されます。

そのときまでに、米中貿易の不均衡が是正され中国の米国債投資が著しく減少し、米長期金利は反発に転じる可能性が高い。上記FRBの追加利下げに伴う短期金利の低下とあわせて、米政権の狙いどおりクレイジーな逆イールド状態は是正され、金本位の新しい国際通貨体制とともに健全なイールドの世界経済が再起動するでしょう。

アナリスト工房 2019年8月21日(水)記事