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こんなのいらない!メガバンク劣後債

2016年3月10日(木)アナリスト工房

「このメガバンクの劣後債は、次の金融危機の引き金かと懸念されているドイツ銀行のCoCo債と同様に、危険な仕組みをもつ金融商品。なのに、その利回りがわずか0.35%では、投資しても何のメリットもないですよ!」

先日、筆者を富裕層と勘違いしているPB(プライベートバンカー)から、メガバンク発行の劣後債をご提案いただきました。
残念ながら筆者自身はその投資を見送りましたが、実はセールス現場の貴重な情報を教えてくれる担当者にはいつも感謝しております。
今回は、この売れ筋商品のとんでもない仕組みを、商品がつくられた厳しい規制の舞台裏、欧州の類似事例(CoCo債)の教訓とともに紹介しましょう。

1.債券投資家に破たんリスクを負わせ、厳しい自己資本規制に対応

ECB(欧州中銀)がマイナス金利に踏み切った2014年を中心に、欧州の銀行は”CoCo債"という甘そうな名前のついた金融商品を次々と発行(これまでの発行総額は910億ユーロ)し、資本増強を積極的に行いました。

平均6%の高利回りにつられ日本の投資家も殺到したCoCo債は、発行体の銀行の自己資本比率が一定以下になると、強制的に株式へ転換(あるいは元本がカット)されてしまう点が最大の特徴。債券と株式の性質を併せもつ"ハイブリッド証券”の一種です。
そのようなハイブリッド証券を発行することにより、銀行は調達額(あるいはその一部)を資本に組み入れることができます(CoCo債とは?)。

2013年から実施されている"バーゼル3"の自己資本規制では、銀行のなかで国際的に業務展開している"国際基準行”は、自己資本比率8%以上の財務健全が義務づけられています(バーゼル3の自己資本比率とは?)。

また2019年からの”TLAC(総損失吸収力)規制”では、国際基準行のなかで大きすぎて潰せない世界の30行(ドイツ銀行、日本の3メガバンク、JPモルガン、HSBC、ゴールドマンサックスなど)に、さらなる資本の上積みが段階的に課されていく予定。
このTLAC規制の狙いは、次の金融危機に備え巨大銀行に不良債権などによる損失を吸収する力をあらかじめ確保させ、破たんした場合の納税者の負担を回避すること。また破たん時には、銀行の株主だけでなく債権者にも損失負担させることにあります。

なお、バーゼル3の自己資本規制を敷くBCBS(バーゼル銀行監督委員会)とTLAC規制でのさらなる資本増強を求めるFSB(金融安定理事会)は、ともにスイスの都市バーゼルのBIS(国際決済銀行)のなかにある国際機関。どちらも、わが国の日銀と金融庁をはじめ各国当局のメンバーで構成されています。

2.人気を集めたドイツ銀行のCoCo債は信用悪化。高利回りに黄信号

自己資本規制が次々と厳しくなる流れのなか、ドイツ銀行は2014年に総額47億ユーロのCoCo債を2度に分けて発行。その6.0−7.5%の高利回りに魅せられ、わが国の投資家も投信(CoCo債ファンド)などを通じて旺盛に購入していました。

ところが、発行体のドイツ銀行は2015年7−9月期に最終赤字へ転落。主力の投資銀行部門の収益力低下と資本上積みに伴うコスト増による評価減が響き、翌10−12月期と合わせた6カ月間の赤字額はなんと81億ユーロ(1.0兆円)。
市場では、ユーロ圏最大手行の信用不安が高まるとともに、CoCo債の利払い原資が2016年以降なくなるとの懸念が浮上。ドイツ銀行のCoCo債の市場価格は、2016年2月上旬には一時額面(元本)の70%まで急落しました。

直後の2月12日、ドイツ銀行は発行しているさまざまな債券のうちシニア債(劣後債よりも元利支払い順位の高い債券)48億ユーロを買い戻すと公表。しかし、そのなかには肝心のCoCo債は含まれていません。
なぜなら、同行が信用不安を払しょくするためにCoCo債を買い戻した場合には、これまで積んできた資本を取り崩すことになります。
自己資本規制の要求がいっそう強まるなか、揺れるドイツ銀行には規制対応に逆行する選択肢(CoCo債買い戻し)はなかったと見受けられます。

3.リスクにまったく見合わない低利回りのメガバンク劣後債

今月は、資本増強を急ぐ日本のメガバンク勢がハイブリッド証券の発行を本格化しています。
筆者が把握している限りでは、三菱UFJと三井住友(MUFGとSMFG)が計1兆5,100億円の劣後債(シニア債よりも元利支払い順位の低い債券)を発行済みです(3月9日時点)。
いずれも投資家が銀行破たん時の損失を負担することにより、他の債権者(銀行の預金者、シニア債の投資家など)を守るとともに、納税者負担を軽くする仕組みが施されています。

これらの劣後債の利回りは0.35-3.85%(うち円建て債は0.35-1.94%)。同じくマイナス金利政策をとる欧州のCoCo債(ユーロ建て債の発行時の平均利回りは6%程度)よりもずいぶん低水準ですね。
なかでもいちばん低いの(0.35%)が、筆者が"投資しても何のメリットもない”と判断した個人投資家向けの劣後債(冒頭)です。投資家数が最も多いと想定される、その金融商品の概略は次のとおり。

【邦銀の劣後債の例】 実質破綻時免除特約のついた劣後債
 10年物だが、発行体の銀行が期前償還する可能性が高い5年までの利回りは年0.35%(*)。償還までに内閣総理大臣が銀行を”実質破綻"と判断した場合には、以降の元利金は支払われない

上記例の劣後債は、銀行の将来の資金繰りが厳しい状態でない限り、スタートから5年後に償還される可能性が高い。
償還までに、金融機関が債務超過や債務の支払い停止に陥った(あるいはその恐れがある)と首相判断された場合には、銀行は以降の元利金のすべてについて支払いを免除されます(実質破綻時免除特約)。そのとき、この劣後債は無価値と化します。

このように実質破綻時に銀行への債務免除特約のついた劣後債は、そのとき無価値となると想定される株式と同様に、大きなリスクがあるのです。債券と株式の性質を併せもつハイブリッド証券のなかでも、株式に比較的近い。
欧州のCoCo債は銀行の自己資本比率が一定以下になると強制的に株式へ転換(あるいは元本がカット)されるのに対し、邦銀のこの劣後債は国がその実質破綻を認定したとき株価とともに証券価値が100%暴落する危険があります

株式には、投資家のとる大きなリスクに見合った利回りの上乗せ”リスクプレミアム”があります。このリスクプレミアムの水準は平均5−6%程度です。
株式投資では、リスクのない国債利回りよりも平均5−6%高い収益率が期待できます。また、ドイツ銀行のユーロ建てCoCo債は、リスクプレミアムを反映して6%の高利回りで発行されています。
株式の期待収益率もCoCo債の利回りも、その大部分がリスクプレミアムです。しかし、同様に株式リスクのある上記劣後債のゼロ金利に近い利回りには、必要なリスクプレミアムがまったく見当たりません

リスクに見合ったリターン(投資収益)がないどころか、銀行破綻の危険を引き受けながら自己資本規制への対応費用を知らぬ間に天引きされていく。そんな理不尽な金融商品はいらない!

アナリスト工房 2016年3月10日(木)記事

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*)もしも、この劣後債が期前償還されなかった場合には、以後その利回りは「5年物スワップ金利+0.45%」(足元のスワップ金利は0.02%)に跳ね上がるとともに、調達額のうち自己資本に組み入れられる額が減っていく。