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量的緩和(効果と副作用は?)

2012年9月21日

「我々に必要なのは富を創出することであり、ドルを刷ることではない」
~ 米大統領候補ロムニー氏の陣営のQE3へのコメント(2012年9月) ~

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今月13日公表のQE3(量的緩和策の第3弾)のポイントは、FRB(米国の中央銀行)による月々400億ドルのMBS(住宅ローンの証券化商品)の購入にある。購入の総額と期限に限度を設けず、FRBは雇用情勢が改善するまでMBSを市場で買い続けてゆく。
金融経済だけでなくそれを支える実体経済のテコ入れの詳細にまで踏み込んだ点で、QE3は中央銀行の打ち出した政策としては非常に意欲的といえよう。
果たして、今回のFRBの金融政策は効果が期待できそうだろうか?


まずQE3は、ドル安に伴う製造拠点の回帰を通じて、米国の労働市場の悪化に歯止めを掛けると想定する。
MBSの購入に伴い、FRBはドルを刷って民間金融機関へ支払う。次々と刷られたドルが市中に溢れるため、1ドル当たりの価値がおのずと下がり、為替市場でドル安を引き起こす。そのドル安こそが、米国での産業競争力を改善させるからだ。

これまで米国企業は、製造コストを引き下げるために、日本企業と同様に中国へ積極的に進出してきた。しかし、現地の人件費が高騰を続けており、中国の最大の強みとしてのコスト面のメリットが薄れてきた。深刻化する労働問題への対応、設備増強の際に現地当局の許認可をなかなか得られない制度も嫌気されている。
約1年前から、米国の家電や素材メーカーを中心に、製造拠点を中国から引き揚げる動きが目立つ。QE3に伴うさらなるドル安は、米国のコスト競争力を改善させ、製造拠点の回帰とともに本国での雇用低迷に歯止めを掛ける要因となる。
加えて、相次ぐデモを中国当局が抑えられなくなり現地の政情不安が深刻化した場合には、米国企業の「メイド・インUSA」への流れが強まり、FRBの目標どおり雇用情勢が改善に至る可能性が高い。

ドル安を武器に米国の雇用を生む効果の反面、QE3には過度のインフレを招く"副作用"もある。
FRBがMBSの購入代金として民間金融機関へ支払うお金は、企業・個人への貸出よりもむしろ金融市場への「投資マネー」と化す。市場を駆け巡る大量の投資マネーは、もちろん国債と株式の価格を下支えする効果があるが、同時に資源価格を大きく押し上げる要因となるからだ。

ちなみに、前回の量的緩和策QE2(2010年11月−2011年6月)では、FRBの6,000億ドルの国債購入に伴い、原油・金属・穀物の相場が急上昇した。その余波を受けて、米国の消費者物価指数は一時3.9%(2011年9月:年率)まで跳ね上がり、年明けからの景気伸び悩みの原因の1つとなっている。
これらの国際資源価格はドル建てであるから、インフレは米国だけでなく世界に波及にする。
QE2に伴うドル安・円高の追い風を受けた日本はデフレ状態のままで済んだが、強固な為替介入で人民元安を維持した中国では食料品の価格高騰を招きデモが頻発した(「サンデル講義3」参照)。「アラブの春」(2010年12月−)でリビアやエジプトの民衆が蜂起した最大の動機は、過度のインフレに伴う生活苦であることも付け加えておく。

今回のQE3では、FRBの債券購入額(月々400億ドル)は、前回のQE2の時よりも少ない。とは言え、雇用情勢が改善するまでずっと続けてゆくため、総額は膨れ上がる可能性が高い。米国の労働市場と世界の株式市場を下支えする効果は期待できるが、副作用としての一層のドル安進行と世界的なインフレ再燃への危険には予断を許さない。

米国のQE3に続き9月19日、日本も追加での量的緩和策を決定した。回復力の鈍ってきた景気のテコ入れを目的に、日銀は債券の購入基金を10兆円増額する。ただし本件は、為替にも物価にもほとんど影響を与えないと想定する。

なぜなら、基金の購入の中心である日本国債は、国内投資家が9割以上を保有している。購入は円建てでの国内取引が主体となるため、その為替へのインパクトは軽微だからだ。
また、購入代金を受け取った投資家は、リスクをとることに慎重な「リスクオフ(質への逃避)」の潮流の下、その大半の資金を再び国債に振り向ける。残りは主にその他の債券(地方債や社債)へ向かい、資源への資金配分はごく限られるため、物価への影響は考えづらい。
もちろん景気浮揚への効果もあまり期待できないが、副作用をもたらす危険もないのが日銀の量的緩和の特徴と言えよう。

量的緩和の本来の目的は、中央銀行の購入資金が企業・個人向けの貸出へ向かい、景気を活性化させることにある。実体経済での"富"を創出するには、まだまだ長い道のりが続きそうだ。

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