2013年5月23日
日本企業の2013/3期(2012年度)の本決算がほぼ出揃った。東証1部上場企業の純利益は前期比18%増(2013年5月17日時点の集計:金融業界を除く)。
米国と東南アジアでの自動車販売の好調、円安進行に伴う輸出の採算向上により、東日本大震災の影響を強く被った前の期(2012/3期)の利益落ち込みを半分取り戻した。
企業分析の視点でみた2013/3期決算の大きな特徴は、日本企業の稼いだ純利益の額よりも資本が大きく積み上っている点が挙げられる。
例えば化学メーカーのクラレは、当期の税引後の純利益288億円に対し、当期末の自己資本は前期末比349億円も増えた。当期純損失の日本水産も、自己資本額は同8%も向上している。
P/Lの利益とB/Sの資本との関係を表す"クリーン・サープラス(資本の増加額=利益-配当)"に基づくと、株主の持ち分としての資本の増加額は稼いだ利益が上限にもかかわらず、それを上回り増えているのはなぜでしょう?
円安と株高の強い追い風が、日本企業の資本の額を大幅に押し上げたからだ。
"時価主義"の会計制度のもと、会社のいくつかの資産・負債は、時価で引き直し算定した含み損益を自己資本のなかの「その他の包括利益累計額」(以下「OCI累計額」)に反映させる。
その主な対象は3つ。在外子会社の純資産に係る為替、長期保有目的の有価証券、ヘッジ用のデリバティブ、在外子会社の純資産に係る為替(勘定名はそれぞれ「為替換算調整勘定」、「その他有価証券評価差額金」、「繰延ヘッジ損益」、「為替換算調整勘定」)である。
なかでも2013/3期は、特に在外子会社の外貨建ての純資産に係る為替の価値が、11月からの急激な円安進行に伴い大きく膨らんだ。同時期からの株高基調も、長期保有目的の有価証券の価値を高めた。これらの時価ベースでの価値上昇に伴う含み益が、わが国の企業のOCI累計額ならびに自己資本を押し上げている。
例えばクラレの当期末のOCI累計額は、円安により為替換算調整勘定が前期末比145億円増、株高を受けてその他有価証券評価差額金が同33億円増。計178億円の含み損益の増加額が「その他の包括利益」(以下「OCI」)であり、それが同社の資本を押し上げている。
このように資本の額が為替・株式の市況に大きく左右されるなか、会計上の重要概念であるクリーン・サープラスは、もはや成り立たないのだろうか?
純利益に代えて「包括利益」を用いることにより、利益から配当を控除した額が資本に積み上るといったクリーン・サープラスの関係は、今でも成立する。包括利益は、純利益と上記OCIとの合計で定義され、時価の変化に伴う資産・負債の含み損益の変化を織り込んだ利益指標である。
例えば、2013/3期のクラレの包括利益は466億円(=純利益288+OCI178:同社株主への帰属分)。そこから株主への配当122億円を控除した内部留保は344億円は、当期の自己資本増加額349億円におおむね一致する(*)。
このように当期の含み損益の変化を加味した包括利益は、同じく含み損益が反映されている自己資本と整合的である。よって、現在の時価主義会計のもとでも、包括利益を用いることにより利益と資本の一貫性に関するクリーン・サープラスは保たれている。
企業分析ではP/Lの純利益段階までの利益指標だけが注目されがちだが、重要な株価指標PBR(株価純資産倍率)の分母であり市場株価への影響が大きな自己資本にどれだけの利益が積み上がるかをみるうえで大切なのは、実は包括利益なのである。
積極的に海外展開しながら株式を持ち合う日本企業の包括利益は、2013/3期のように円安・株高の局面では純利益を上回り、逆に2012/3期以前の円高・株安時には純利益を下回る傾向が観察される。
為替と株価に大きく左右される日本企業の分析では、包括利益の有効活用の余地は大きいと考える。
株式会社アナリスト工房
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*)若干の誤差は、同社の自己株の処分に伴い自己資本が5億円増加したため。この特殊要因によるものと内部留保344億円の合計が当期の自己資本増加額349億円に等しいことから、クリーン・サープラスの関係はきちんと成立している。