退職給付会計2("未認識"の功罪)

2012年5月25日

以下は「退職給付会計1(プロローグ)」の続き

退職給付会計のB/Sがらみでの大枠は2つ。

1つは、会社が退職金・年金がらみで従業員に将来支払ってゆく額である「退職給付債務」。もう1つは、将来の支払いのために現在運用している金融商品の額としての「年金資産」。いずれも時価ベースの総額である。

大半の会社は、従業員の高齢化と長年の運用難の影響を受けて、背負う退職給付債務よりも運用する年金資産の額が平均1/3程度少ない。債務が資産を大きく超過しているにもかかわらず、現在はその実態がB/Sには充分に反映しない。超過額の一部は「退職給付引当金」として負債計上されるが、それ以外の「未認識債務」はオフバランスだからだ(次図)。

今のところB/S計上されない未認識債務とは何か?

未認識債務の大部分は、年金資産の実際の投資収益が予定をどれだけ下回っているかの額である「数理計算上の差異」で構成される。

国債や株式から成る年金資産には、平均2.5%程度の利回りを予定している会社が多い。しかし、国債利回り1%前後かつ株価低迷が続く中、予定利回りのハードルは極めて高く、予定の未達に伴う含み損としての未認識債務を抱えるケースが大半を占める。

現在適用されている退職給付会計では、未認識債務を構成する数理計算上の差異を、従業員の平均残存勤務期間以内で償却する。例えば、定年60才で平均年齢48才の会社は、12年以内の期間にわたり徐々に退職給付引当金への振替とともに費用化してゆく。

平均10年前後もかけてのスローペースの償却はあまり進まず、芳しくない運用環境の下、数理計算上の差異ならびに未認識債務は膨らんでゆく。

以上、退職給付に係る債務を未認識のままゆっくりと費用処理してゆくのが、改正前の退職給付会計(2014/3期の第3四半期まで適用)の特徴と言えよう。

そのような仕組みをとるメリットは、企業に福利厚生を促す政策的な効果にある。退職後の従業員の面倒を企業がある程度みることにより、国の社会保障負担が軽減する。企業に退職金・年金制度を導入・定着させるためには、財政状態のインパクトならびに毎期の費用負担を軽減した会計基準が必要であったと見受けられる。

一方デメリットは、退職金・年金制度で抱える純債務の一部と含み損の全額がB/Sに反映されず、債権者や株主が時価ベースの投資価値を把握しづらいこと。

しかも、大半の会社の「決算短信」(本決算と四半期決算の速報版)には退職給付に関する注記が無いため、決算発表時には未認識債務の状況が把握できない。決算発表の数週間後に公表される「有価証券報告書」(本決算の正式版)での注記を待つしかないのが現状。

制度上の開示情報が不十分なため、市場参加者が会社の理論価格の目安を中々知ることができないことも、株価低迷の原因の1つである。

2010年1月、JAL(日本航空:決算書からは債務超過では無かった)が破綻した時、未認識債務を考慮してみたら実質債務超過に陥っていたことは記憶に新しい。企業の福利厚生を維持することももちろん大切だが、投資家への情報開示の充実が緊急課題となっている。

そこで、未認識債務をB/Sに即時認識することで開示情報を充実化させるのが、今般の退職給付会計の改正である。

退職給付会計3("即時認識"とは?)」へ続く