先日、外国為替のコーナーで、物価の上昇がその国の通貨を下落させる要因であることを説明した(購買力平価2)。インフレ国の通貨が市場で売られる一方、日本のようなデフレ国の通貨が買われることが、長期的な円高トレンドの大きな原因となっている。
今回は、物価上昇率の国別格差を上手く活用した、海外投資での成績向上策を考えてみよう。
この海外投資のコーナーでは、外国へ飛び立った日本人の投資マネーの運用での課題2点を述べてきた。
(1)投資先の中心となる欧米先進国での成熟化を背景に、現地の債券・株式のリターンが低下基調にあること。
(2)これまでの円高の追い風でインフレが抑えられている日本に対し、通貨安の欧米諸国では物価上昇率が高いため資産価値が実質目減りしてしまう懸念である。
うち今回は、(2)のインフレ面の改善を通じた、海外での実質リターンの向上策に焦点を当てたい。
前回(リスクの報酬)の図表のケースで説明する。日本株の実質リターンが年3.8%(=株式リターン4.0%-インフレ率0.2%)に対し、世界の時価総額の4割を占め海外投資の主力となりやすい米国株のそれは年1.2%(=5.1%-3.9%)しか見込めない。株式リターンの水準では米国株に軍配も、$安に伴う高インフレがそれを帳消しにしてしまうからだ。
インフレ控除後の米国株の実質リターンは日本株に大きく劣り、金融機関へ払う手数料などを考慮すると、このままでは海外投資での資産防衛が難しい。外国に資金を移した日本人投資家は、現地のインフレにどのように対処したらよいのか?
インフレの影響を緩和させるには、海外に設けた口座の資金(大半は$建て)を一部、低インフレ国の通貨建てでの運用に充てるとよい。
例えば上記ケースを活用すると、現地の$建て資金を円に替え、その円資金で日本株に投資するのである。$から円への資金両替により、$の高インフレ(年3.9%)が円の低インフレ(年0.2%)に置き換わる。低インフレの日本と同じ好条件の下、投資家は比較的高い日本株の実質リターン(年3.8%)を期待できる。
海外投資の基本は、為替を活用して投資対象国の比較的高いリターンを追求することにある。上の例では、インフレ率の比較的低い通貨(円)と交換する為替取引が、日本への株式投資での実質リターン上昇に大きく貢献している。
時価総額で世界シェア8割を占め、株式投資の中心となる先進国市場は、経済の成熟化に伴い株価が伸び悩んでいる。そこでは、為替を用いることにより、通貨のインフレ改善を通じて投資成績を向上させることが重要となっている。
日本株市場の取引の3分の2を海外勢が占め、日本株が外国人投資家に人気があるのは、彼らが為替のメリットを追求しているからである。
1975年から2011年までの市場データに基づくと、彼らは年当たり平均3.1%の円高進行による為替リターンを享受してきた。最近の上の例でも、低インフレへの両替に伴う年3.7%(=3.9−0.2)の為替リターンが、実質リターンを大きく押し上げている。
日本人投資家による外国から母国への投資についても、同じ事が当てはまる。現地に口座を移したことにより生じた高インフレでの投資環境の悪化は、そこからの海外投資で為替を活用することで改善される。
結果、彼らも外国人投資家と同じ土俵に立ち、共通の実質リターンが得られる。しかも海外口座からの投資であるため、将来に日本国内で預金封鎖や財産税が実施された場合でも、彼らはその危険を回避できる可能性が高い。ちなみに、上記「外国人投資家」の中には、外へ出て行った日本人が少なからず含まれていることをご参考まで。
ただし、実質リターンの水準は日本国内から投資した場合と変わらない。前々回の冒頭で紹介した孫悟空と同じく、日本人投資家もまだまだ「釈迦の掌」から抜け出すまでには至らないことを付け加えておく。
2012年3月30日