追加緩和1(米国のQE3増額の罠)

2012年12月26日

「歴史は繰り返す」 −古代ローマの歴史家クルティウス・ルフス−

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今月(2012年12月)は、日米の中央銀行が相次いで追加での量的緩和に踏み切った。まず今回は、米国の追加緩和が為替・株式市場ならびに雇用情勢に与える影響を取り上げる。

今月12日、FRB(米国の中央銀行)はQE3(量的緩和の第3弾)での債券買い取りの増額を公表。

9月から実施しているQE3でFRBは、これまで毎月400億ドルのMBS(住宅ローンの証券化商品)を市場で買い、その代金を民間金融機関へ支払うことで市中に資金供給し、雇用情勢などのテコ入れを図っている(「量的緩和」参照)。1月からは追加で米国債を月々450億ドル購入してゆき、長期金利の上昇を防ぎながら資金供給のペースを加速させる。

債券の購入代金はもちろん"プリントマネー"での支払いなので、経済力に見合わない大量のドルが次々と市中に溢れ、1ドルあたりの価値低下を通じてドル安・円高の要因となる。

12月20日公表の日本の追加緩和策も同じくプリントマネーであるが、その規模(資産買い入れ基金の総枠を10兆円増額)は相変わらず限定的だ。足元は日本の選挙相場の余波を受けて、いくらか円安に戻している。しかし、米国の量的緩和のペースが現在の2倍超(月々850億ドル)へ膨らむ年明けからは、再びドル安・円高基調への復帰を予想する。

また、米国の追加緩和の先には、大きな懸念材料が2つ待ち構えている。

1つは”財政の崖"。米国の大型減税の終了と強制的な歳出削減の開始に伴い、2013年1月から年0.7兆ドル(GDPの4.5%)の財政緊縮が実施される可能性である。政府支出の大幅カットに伴い、急速な景気の冷え込みと株価の落ち込みが懸念されている。

仮に民主党政権と議会を牛耳る共和党との間での合意により崖が回避できたとしても、間髪入れずもう1つ大きな壁に直面する。足元で政府債務残高が上限(16.4兆ドル)に達しており、このままでは3月には連邦政府の支出がままならなくなり、米国がデフォルトする可能性があるからだ。

ちなみに、前回の追加緩和QE2(2010年11月-2011年6月: 総額6,000億ドルの米国債の買い取りを実施)の直後の2011年8月、米国はデフォルト寸前のところで政府債務残高の上限を引き上げ(14.3兆ドル→16.4兆ドル)回避した。

しかし為替市場では、債務上限の引き上げたことがさらなるプリントマネーを生む要因として嫌気され、10月にNYダウの急落とともにドルの為替は一時75.32円と戦後最安値を更新。直後に日銀はドル買い介入(2011年10-11月: 総額1,800億ドル)を実施し、わが国は震災の影響で苦しむなか重い資金負担を強いられている。

QE3増額後の今回(2013年の初頭)も、債務上限引き上げへの議会の承認がなかなか得られなければ、前回に続きデフォルト騒動が市場の波乱要因となることが想定される。再び債務上限が引き上げられた場合でも、それが将来のプリント・マネーに結びつくため一層のドル安・円高への要因となる。

足元は13,000ドル台のNYダウも85円台のドルも高値圏で推移しており、市場では米国の財政の崖ならびに米国のデフォルト・リスクがほとんど織り込まれていない点にご注意下さい。

なお、米国の追加緩和とともに公表された雇用の数値目標については、その効果と目標達成の可能性を下の欄に記しましたので、ご参照下さいませ。

株式会社アナリスト工房

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【雇用の数値目標に関するコメント】

QE3の増額とともに注目されるのは、FRBが雇用情勢の改善に向けて具体的な数値目標を導入したことである。米国の失業率が6.5%以下に低下するまで、現在のゼロ金利政策を続けてゆく(直近の11月の失業率は7.8%)。

この点については、QE3に伴うさらなるドル安が米国のコスト競争力を改善させ、賃金高騰と労働争議の相次ぐ中国からの製造拠点の回帰を促し、本国での雇用低迷に歯止めを掛ける効果が期待できる(「量的緩和」参照)。

また、求職を断念した者が労働力人口から除外されることに伴う失業率の低下基調も鑑み(「米国の失業率」参照)、FRBの数値目標(失業率が6.5%以下へ)は2014年末までには達成されることを予想する。

以上、米国の雇用統計は改善基調が続く見込みです。ただし、世界の株式・為替市場への大きなリスク要因(上記本文)には、くれぐれもご注意下さい。