米与野党が自社株買い退治へ協奏

企業価値と従業員を蝕む過度の株主還元に、超党派議員がレッドカード

2019年2月21日(木)アナリスト工房

(2019年2月22日(金)編集)

アメリカ企業の価値と労働待遇を損なう自社株買いの現状に、堪忍袋の緒が切れた議会与野党の有力議員と重鎮がノーを突きつけました(共和党のルビオ上院議員、民主党のシューマー上院院内総務とサンダース上院議員)。

各党それぞれ提出予定の自社株買い規制法案がすべて立法化した場合には、配当と同様に即時課税されることになる自社株買いの魅力が失せるとともに、企業の自社株買いに利用できる資金が枯渇する可能性が高い。どちらか一方の法案が成立した場合でも、大半の企業は自社株買いを続けられなくなるでしょう。

2018年の秋まで史上最高値を更新し続けてきたときの米国株の主な買い手は、実は機関投資家やヘッジファンドが売り逃げるなか、必死に買い支える企業の過去最大規模の自社株買いです。以後バブル崩壊しはじめた超割高な市場の株価にとっては、各党の自社株買い規制法案が公に議論されることさえ致命傷となるかもしれません。

企業とその従業員を蝕むアメリカの自社株買いの実態と舞台裏は、いったいどのようになっているのでしょうか?また、自社株買いの配当並み課税の共和党案、資金を限定する民主党案それぞれ規制の狙いと実現性は?

▼税制メリットを奪う共和党案は、グリードな自社株買いを撲滅へ

企業の自社株買いは、市場の発行済株式数を減らすことにより株価と連動性の高い"1株あたりの純利益(=純利益/発行済株式数)"を上昇させ、1株あたりの株価の底上げを図る株主還元策です。しかし、発行済株式数の減少を伴う自社株買いは、株式時価総額(=株価×発行済株式数)を高めることが難しいため、1株あたりの株価のテコ入れに特化した奇策にすぎません。

自社株買いの原資は、株主への配当と同様に、税引き後の最終的な稼ぎを表す純利益。配当と自社株買いをあわせた株主還元が純利益を上回った場合には、株主にとっての企業価値に相当する資本が減るだけでなく、純利益のなかから捻出すべき設備投資がままならなくなり企業収益力が伸び悩む要因となります。

2014年以降のアメリカ企業は、グリードな(強い金銭欲の)一部の市場参加者から強い圧力を受け、社債発行などで借り入れた資金を用いて企業価値と収益力を損なう大規模な自社株買いを続けているのです*)

共和党のルビオ上院議員は、企業の自傷的な自社株買いを防ぐために、税制面での自社株買い規制法案(課税繰り延べから即時課税へ)を打ち出しました

自社株買いが実施されると、発行済株式数の減少により1株あたりの株価が上昇するケースが多い。しかし、いまの税制のもとでは自社株買いの影響に伴い課税されるのは、株式が将来売却されたときにキャピタルゲイン(売買差益)が生じた場合のみ。そのときまで課税は繰り延べられます。そこでルビオ氏の法案は、自社株買いの実施直後に即時課税するのが主旨です(下記)。

「過去4年にわたりアメリカの大企業は、自社の株式の購入と配当をまかなうために借金してきた。企業が借り入れたお金は、収益力と生産性の向上に役立たないどころか、利払い負担を伴う。(中略)対GDPでみた株主還元は過去40年間で3倍になった一方、事業への設備投資は20%落ち込んだ」

「課税繰り延べにより自社株買いを配当や設備投資よりも優遇する税法は、企業の自由な選択を妨げている。(中略)企業の自社株買いを配当と同様に即時課税するための法案を、まもなく提出予定だ。自社株買いの税優遇はなくすとともに、雇用創出や賃上げを促す設備投資への優遇措置は永続する」

米共和党のルビオ上院議員(Feb 13th 2019)Twitter

16年の共和党内の大統領予備選でトランプ氏と競ったルビオ氏は、過去40年間にGDP比でみた株主還元が3倍に膨らんだ一方で雇用と賃上げにつながる設備投資が20%も落ち込んだ点を、大きな問題点として指摘しています。純利益の配分を株主還元から設備投資へシフトさせ、新たな雇用創出と賃金の上昇を促すことが彼の政策の狙いです(上記)。

ルビオ上院議員の自社株買い規制法案が立法化された場合には、キャピタルゲイン未実現のまま即時課税されたくない大勢の投資家の強い反対を受けて、政策目標どおり大多数の企業は自社株買いを実施できなくなると想定されます。

▼株主還元の資金を断つ民主党案がシナジー発揮。超党派の規制法案へ

ただ、自社株買いに利用されていた資金の多くが配当での株主還元でなくルビオ氏の狙いどおり設備投資へ向かうためには、税制面での自社株買いのメリットを奪い設備投資の優遇措置を続けるだけでは不十分。もう1つ必要なのは、企業の稼いだ純利益の自社株買いへの分配を規制することです。

そのために、民主党のシューマー上院院内総務とサンダース上院議員は、企業の利益分配に関する規制法案を打ち出しました。

自社株買いに注力する企業の設備投資がままならないどころか店舗・工場の閉鎖が相次ぐ実態を改善したい民主党2名の法案の特徴は、労働者と地域社会への投資第1。一定以上の労働待遇(時給15ドル以上や年金・健保完備など)と営業・生産を長期続けていくための十分な投資を企業に義務づけることにより、自社株買いを実質やめさせることが彼らの政策目標とみてとれます(下記)。

「企業が大規模な自社株買いに注力すると、稼いだ利益を研究開発、設備投資、賃上げ、有給病欠、退職金、研修へ十分に振り向けられない」

「最近、ウォルマートは200億ドルの自社株買い計画を発表した一方、数千人の労働者をレイオフし数十のスーパーを閉店した。(中略)ハーレーダビッドソンは1500万ドルの自社株買い枠を設けた時期に、カンザス工場を閉鎖した」

「われわれの法案は、労働者と地域社会への投資を最優先(すべての労働者へ最低でも時給15ドル、有給病欠7日、まともな年金と頼りになる健康保険を提供など)しない限り、企業の自社株買いを禁じる。(中略)企業の資本は生産を長期続けていくために十分な投資に振り向け、自社株買いは切り詰めさせることが目標だ」

米民主党のシューマー上院院内総務とサンダース上院議員

(Feb 3rd 2019)NYタイムズ紙への寄稿

16年の民主党内の大統領予備選をクリントン元国務長官と争ったサンダース上院議員は、彼の選挙運動に協力したオカシオコルテス氏(現下院議員)と同様に、勢力急拡大している草の根左派。彼らの自社株買い規制法案は、上院の党トップのシューマー院内総務と連名で発表されたことから、中道の主流派も含む民主党としての案と解釈できます。

企業の稼ぎの分配がさまざまなステークホルダー(株主、従業員、地域社会など利害関係者)のなかで株主へ過度に集中し、従業員の労働待遇や拠点のある地域社会における設備投資が犠牲になっている実態を改善する必要性は、民主党内に限らず共和党を含む超党派での幅広い支持が得られるでしょう。

配当と同様に即時課税することで自社株買いの税制メリットを奪う共和党案と、企業の利益分配において従業員や地域社会への投資を優先させ株主還元の原資を枯渇させる民主党案は、自社株買い退治で互いにシナジー(相乗効果)を発揮できる余地が大きい。同じ時期に発表されたことからも、2党の法案は超党派法案への統合を前提としたものと推察されます。

アメリカの自社株買い規制法案が議会合意のうえ成立した場合には、税金面での有利と企業利益の優先配分を失う自社株買いは激減する可能性が高い。たとえ法案が不成立となった場合でも、公の場での議論をきっかけにステークホルダーのなかで株主が富を独占する株主還元の悪しき実態が社会的批判を浴び、企業は還元の主な手段の自社株買いを続けられなくなると想定されます。

企業が株主を優遇し従業員や地域社会をないがしろにしてきた根底には、一部の金融筋が企業を支配する”企業統治(コーポレートガバナンス)”の仕組みがあります。今回の米議会超党派の自社株買い規制への取り組みをきっかけに企業統治は急速に後退し、自律を取り戻す企業は再びさまざまなステークホルダーと公平に向き合えるようになるでしょう。

アナリスト工房 2019年2月21日(木)記事

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*)2019年2月15日のS&P500企業の自社株買い利回り(=自社株買い/株価)2.93%、配当利回り(=配当/株価)2.16%。アメリカでは、配当でなく自社株買いが株主還元の中心。また、株価収益率PER(=株価/純利益)20.1倍に基づき、純利益に対する株主還元の割合を表す総還元性向は102%(=(2.93%+2.16%)×20.1)。

このように総還元性向が100%超、すなわち純利益を上回る株主還元が(株主にとっての企業価値に相当する)資本を損なう状態は、2014年から続いています。なお、マイナー指標の自社株買い利回りは米ヤーデニリサーチ社の集計値。指標はいずれも将来の予想でなく過去の実績。