成長性指標で考える株主還元の留意点
「体系を成さぬ事柄は例えば夢の如くこれを実在とは信ぜぬのである。」
西田幾多郎 著『善の研究』講談社学術文庫(2006)
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2015年10月26日(月)アナリスト工房
会社の持続的成長と企業価値向上を目的に、"2つのコード(原則集)"が今年6月までに相次ぎ導入されました。
機関投資家に上場企業との対話を促すスチュワードシップ・コード(14年2月金融庁公表)と、上場企業に対し対話に前向きに応じることを義務づけるコーポレートガバナンス・コード(東証1・2部上場先に15年6月から適用)です。
これらの2つのコードの影響を受けて、アナリストの企業分析では会社の収益性指標ROE(自己資本利益率)と株主還元(配当と自社株買い)の姿勢が重視される傾向がみられます。
従来はもの言わぬ株主であったわが国の機関投資家(保険会社、年金基金、投信など)も、会社のROE向上と株主還元の強化への要求を強めています。
うち収益性指標のROEは、コードを推進した"伊藤レポート(14年8月経産省公表)”の主張する8%超を踏まえ、市場参加者がその目標ラインを強く意識しています。
ところが、2014年度の上場企業の平均ROEは、東証1部が7.6%、東証2部が5.6%と目標未達。しかも、ROE10%超の少数派の会社が平均水準を押し上げているため、社数でみても過半数の先が平均ROEを下回るのが実態です。
会社のROEでみた収益力が芳しくないなか、市場参加者が株主還元強化の要求をその分エスカレートするケースは、"アクティビスト(もの言う株式投資家)"が暴れている先などで目立ちます(2つのコードは誰のため? Activist)。
しかし過度の株主還元は、会社の企業価値を損なうため、絶対にやってはいけません。今回は、そのことを成長性指標の”サステイナブル成長率”に基づき説明しましょう。
サステイナブル成長率とは、会社のB/S(貸借対照表)のなかで株主にとっての企業価値に相当する自己資本、P/L(損益計算書)での株主に帰属する純利益、配当と自社株買いを合わせた株主還元の額(総還元)、の3つ共通の成長率です。
その年あたりの成長率は、会社のROEの水準から総還元性向(=総還元/純利益)の割合を控除して、次のように表されます(*)。
<成長性指標の「サステイナブル成長率」>
サステイナブル成長率 = ROE ×( 1 - 総還元性向 )
なお、指標名の頭につく”サステイナブル”とは、上式右辺の2つの要素(ROEと総還元性向)が将来にわたり一定と仮定した場合に、左辺の成長率の値が"将来にわたり続いてゆく”との意味です。
この指標によると、会社の自己資本(株主にとっての企業価値)の成長率は、ROEに比例するとともに総還元性向が高いほど低下します。総還元性向が100%を超えるとマイナス成長です。
すなわち、純利益を上回る100%超の株主還元は、企業価値を損なう要因となります。また、ROEと総還元性向が一定のもとでは、企業価値の尺度の自己資本と同様に、純利益も株主還元も先細りしてゆくのです。
このように総還元性向が100%を超える(配当と自社株買いの合計が純利益を上回る)株主還元は、会社のマイナス成長と企業価値毀損を招く原因となるだけでなく、2つのコードの目的(会社の持続的成長と企業価値向上)に反します。
会社の成長率と企業価値の低下は、もちろんその株価下落への要因であり、市場参加者にとっても大きなデメリットです。にもかかわらず、市場参加者の一部は過度の株主還元を歓迎しているから始末が悪い。
なお、日銀の量的緩和の強化(13年4月-)と機関投資家の株式投資拡大により株価を大きく釣り上げた後で、2つのコードでもってその水準に見合う会社の成長と企業価値向上を促すのは、然るべき順序が逆です。
しかも、コードの目的(会社の成長と企業価値向上)とその運営実態(成長と企業価値を低下させる株主還元をとくに重視)が互いに矛盾していますね。
よって2つのコードは、一連の政策のなかでの位置づけをみても、目的と運営とのギャップをみても、体系をきちんと成していないため実効性に関して信頼不十分といえましょう。
以上、純利益を上回る過度の配当と自社株買いは、会社の成長性と企業価値を損なうとともに、投資家の保有するその会社の株価を下げる要因となります。
上場企業と機関投資家の対話では、双方の損失につながることはしない・させないよう、お互い気をつけましょう!
株式会社アナリスト工房
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*)会計の重要概念の"クリーンサープラス(会社の純利益から株主還元を控除した額が資本に積み上がる)"に基づくと、会社の自己資本はROE相当の純利益をうみ、純利益のうち株主還元の割合(総還元性向)を控除した額が自己資本に積み上がります。よって、自己資本の成長率はROE×(1-総還元性向)。
また、ROE(自己資本に対する純利益の割合)も総還元性向(純利益のうち株主還元の割合)も一定のもと、純利益の成長率も株主還元の成長率もROE×(1-総還元性向)となります。