仮想通貨の無価値がICO会計を迷走

こども銀行券の販売と同様に、売出す仮想通貨トークンは収益計上へ

2018年3月7日(水)アナリスト工房

企業が資金調達のために株式を新規発行する財務政策がIPO(株式の新規売出しし)に対し、仮想通貨の発行による資金集めはICO(仮想通貨の新規売出し)といいます。ICOで発行される企業それぞれ独自の仮想通貨がトークン(代用貨幣)です。

トークンの発祥は古代メソポタミア(現イラク)。そこでは、粘土板にしかるべき量の穀物や銀と交換できる旨を記して作ったトークンが、商品売買や資金貸借を決済する通貨として活用されていました。紀元前17世紀の文明社会のトークンは、実物資産で裏付けられることにより、その通貨としての価値が守られていたのです(下記)。

「古代メソポタミアでは、5,000年も前から粘土製のトークン(代用貨幣)を使って、大麦などの農産物、羊毛、銀などの金属の取引記録を残してきた。銀をリング状にしたり、塊にしたり、板状にのしたりしたものも、穀物と並んで貨幣として使われていたが、粘土製のトークンもそれなりに重要で、あるいは銀以上の価値さえあった」

「ユーフラテス河畔のシッパル(現イラクのアブハッバ)で出土したものは、アンミ・ディタナ王(紀元前1683-紀元前1647)の時代に作られたもので、収穫したばかりのしかるべき量の大麦と交換できる、と記されている。前王の後継者アンミ・サドゥカが作ったトークンには、『これを所持する者は、旅の終わりに一定量の銀が与えられる』と記されている」

ファーガソン(仙名紀 訳)『マネーの進化史』早川書房(2015)

一方、21世紀のICOで発行される仮想通貨トークンは、実物資産での価値の裏付けがない。しかも、利息・配当などのキャッシュフロー収入を生まないトークンは、割引キャッシュフローに基づく理論価格がゼロ。4千年の時の流れとともに、トークンの価値はすっかり流れ落ちてしまったのです。

そんなとんでもない現代のトークンを活用したICOは、中国では昨年9月から禁止されています。有価証券の発行と同様の厳しい規制をICOに課す米国では、今年1月に最大規模のICO案件(仮想通貨銀行アライズバンクの6億ドル)が規制クリアできず差し止められました。

▼資本調達でも負債調達でもないICOの正体は、仮想通貨の販売収益

上場企業の世界初のICO案件(IT企業メタップス社の10億円)が昨年11月に成立した日本でも、いまだICOの会計ルールが日本基準・IFRS(国際基準)ともにいまも決まらず難航しています。なぜなら、企業がICOで仮想通貨トークンを発行し集めた資金は、実は大勢が期待しているように「調達したお金」とみなすことが難しいのです。

企業がIPOで株式発行し集めた資金は、その株式を買うことにより企業に対する持分と残余財産の権利を取得した株主が払い込んだお金なので、もちろん資本調達としてB/S(貸借対照表)に資本計上されます。一方、ICOでトークンを発行し集めた資金は、株主の払込資金ではなくしかも払い込んだ者が企業に対する持分も残余財産の権利もないため、もちろん資本調達には該当しない。

またICOで集めた資金は、返済の義務がないことから金銭債務などの金融負債(社債、借入金、買掛金など)には当てはまらないため、負債調達との解釈も困難です。

国が発行した法定通貨(円、ドルなど)は、その国の中央銀行のB/Sに負債計上されています(勘定名:発行銀行券、連邦準備券など)。受取りを拒めない"強制通用力”をもつ法定通貨は、受取った者が同額の支払いに使える仕組みを保つために、金融政策を担う中央銀行が通貨価値の安定を守り続ける義務を負っていますからね(*)。

一方、企業が発行する仮想通貨は、強制通用力がないどころか受取拒否される場面が大半で、しかも通貨価値が守られず極めて不安定なのが市場の実態。よって、仮想通貨トークンを用いたICOでの資金集めは、企業の調達とみなすことが難しい。

ICOが企業の資金調達との解釈に無理があるなか、その会計処理の残る唯一の選択肢は仮想通貨の販売収益としてP/L(損益計算書)への収益計上です。

ちなみに上記メタップス社の初案件は、2017年9-11月の四半期報告書では、ICOで集めた資金がいったん繰延収益(やがて収益へ振替わることを前提とした一時的な負債)に計上されています。翌四半期以降、ホワイトペーパー(資金提供者のためにICOの内容や条件を記した目論見書)に定められたICOの目的実現とともに、B/Sの仮勘定(繰延収益)がP/Lの収益へ振替わる予定です。

このようにICOの会計処理の落とし所は、すでに実務の現場が的確に見出しています。第2号以降の案件では、同社の事例が参考となるでしょう。

▼仮想通貨の価値裏付けが課題。好事例は産油国ベネズエラのペトロ

とはいえ、昨年12月に日本の企業会計基準委員会が公表した仮想通貨の会計処理に関する公開草案は、残念ながらICOが対象外。いまだICO会計のルール制定への見通しが立たず議論が迷走している背景には、取引の実態に合ったルールを理屈とともに定めるとき、発行体企業に対する持分も債権もなく理論価格ゼロの仮想通貨のとんでもない実態が浮き彫りになる恐れがみてとれます。

通貨価値を安定させるためだけでなく会計ルールを正式に定めるためにも、仮想通貨は価値を裏付ける課題を突きつけられているのです。

先月20日、原油埋蔵量No.1のベネズエラ国は、豊富な原油資源により価値が裏付けれた仮想通貨「ペトロ(1ペトロ=原油1バレル)」を、1バレル=60ドルの原油市況に基づき先行売出し開始。デフォルト(債務不履行)中のベネズエラが売出し初日に7億ドルも調達できたのは、新たな仮想通貨ペトロが発行国の信用力でなくその豊富な資源で通貨価値が裏付けられているためです。

企業が発行する仮想通貨の場合には、従来の資産担保証券を発行するときと同様に、売掛金や貸付債権で価値を裏付けることが想定されます。

ペトロの販売堅調なベネズエラのマドゥロ大統領は、先月21日には原油に続き金を裏付けとする新たな仮想通貨「ペトロゴールド」の導入を発表。仮想通貨トークンの価値を裏付ける実物資産は、古代メソポタミアのケース(上記)と同様に、いよいよ本命の貴金属が登場します。

なお、埋蔵資源と金準備が豊かなベネズエラが昨年11月からデフォルトに陥った原因は、アメリカの経済制裁を受けて原油販売先の国々から振り込まれた代金を引き出せなくなったことによる資金繰り難。裏付け資産を担保にペトロを発行し資金を集めることにより、ベネズエラは資金繰りを改善させる狙いです。

昨年11月にデフォルトし東側へ駆け込んだベネズエラの仮想通貨の軍師は、直後に債務支援したロシアと推察されます。ロシアはBRICS共通の仮想通貨導入を提唱中。その中核の中国は、農村でもスマホ決済なしでは暮らしていけない電子マネー大国。危惧されるマネーローンダリングやキャピタルフライトを防ぐ仕組みが確保されれば、将来BRICSの官製仮想通貨が登場する可能性は高い。

ベネズエラのペトロとペトロゴールドの導入は、官製仮想通貨の仕組み設計と市場運営の実験を兼ねていると見受けられます

法定通貨を発行している国々がこれまで民間企業が担ってきた仮想通貨へ参入する時代が訪れるなか、仮想通貨のユーザー獲得をめぐる国と企業の競争を経て、マネーは飛躍的に進化していくでしょう。仮想通貨を実物資産で価値を裏付けたベネズエラに続く、企業側の次の一手が注目されます。

アナリスト工房 2018年3月7日(水)記事

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*)ちなみに、BOE(イギリスの中央銀行)が発行するポンド紙幣は、銀行へ紙幣を持参した者には要求どおり券面の額を支払うことを約束した文言が記されています(例:I promise to pay the bearer on demand the sum of five pounds)。