日銀保有株は誰が引き取るのか?
量的緩和で買い取られた株式は日本企業の自社株買いと持ち合いへ
2018年10月18日(木)アナリスト工房
企業の自社株買いと二人三脚で株式を買い支えてきた、主要国の量的緩和(中央銀行が金融商品を大量に買い取ることにより市場へ資金供給する金融緩和策)が縮小・撤退そして巻き戻しへ向かうなか、 高水準の株価が維持できなくなってきた株式市場はいまバブル崩壊への危機にさらされています。
日本の量的緩和が買い取り対象とする金融商品の2018年9月末時点の日銀保有高は、前年同期に対し国債が26兆円増の462兆円、ETF(上場株式投信)が6兆円増の22兆円。すなわち、B/S(貸借対照表)の資産増加額でみた日銀緩和の規模は年32兆円(=26+6)にすぎず、ピーク(16年8月末時点の日銀保有高でみた緩和規模は年94兆円)からすでに66%も縮小しています(図表:*)。
アベノミクスの円安を推進してきた量的緩和が明らかに縮小しはじめたのは、貿易黒字国の通貨安誘導を強くけん制するトランプ米大統領が就任した2017年1月。以降、各国の中央銀行(とくに日銀と欧州中銀)は、市場への大量の資金供給を通じて自国の通貨価値を引き下げる緩和策がいつまでも続けられない状況なのです。
18年10月から月150億ユーロへ規模半減した欧州の量的緩和は、12月末に終了予定。カナダ・韓国・メキシコに続いて対米貿易協定で通貨安誘導を禁じる”為替条項"を押し付けられる可能性が高い日本は、対米貿易交渉で不利になるのを避けるためにも、欧州に続き量的緩和を速やかに終える必要に迫られるでしょう。
一方、すでに量的緩和を終えたアメリカは、過去の緩和時に買い取った金融商品(米国債と住宅ローン債券)を市場へ大量売却し資金回収する”量的引き締め”を実施中。
FRB(米連邦中銀)の量的引き締めによる資金回収額は、18年7−9月が月300億ドルで、日銀の量的緩和による資金供給をすっかり打ち消すペース。10−12月以降の引き締め限度枠は月500億ドルへ増額されました(FRB引き締めが債券バブルを崩壊へ)。
日欧の緩和の縮小・撤退とアメリカの引き締め強化に伴う悪影響を受けて、10月初旬からは需給悪化した金融商品がバブル崩壊の危機に直面しています。
FRBが政策金利の利下げを連発していたリーマンショックのときは、まず緩和ラッシュにもかかわらず米国債バブルが崩壊し08年3月から6月にかけて10年米国債の利回りが3.4%の底から4.3%のピークまで急伸(価格が急落)した後、9月にアメリカの住宅ローン債券と世界の株式からのマネー逃亡が本格化し世界金融危機へ至りました。
一方、量的緩和が巻き戻される今回は、緩和マネーが強引に買い支えていた金融商品(アメリカの国債と住宅ローン債券、世界の株式など)が一斉にバブル崩壊する可能性が高い。
なかでも企業分析の分野で気がかりなのは、世界の中央銀行のなかで日銀だけがみずから買い支えてきた株式の需給動向と、日本の株価水準に大きな影響を及ぼす米国株の本当の価値です。緩和時代の終わりに伴うバブル崩壊後の株式の市場価格は、売り手と買い手の需給関係と発行体企業の企業価値の真価が厳しく問われますからね。
▼純投資目的の株式需要が乏しいなか、それ以外の目的の買い手が有力
まず日本株の主な買い手は、量的緩和のもと2018年9月までの1年間に6兆円のETF(上場株式投信)を買い取った日銀のほかには、同期間に1.7兆円を買い越した事業法人(東証1部の「投資部門別売買状況」に基づく)だけです。なお、東証1部市場の売買額シェア6割を占める外国勢は、ヘッジファンドなど短期売買の投機筋が主体なので、年間での大きな買い越しが期待できません。
日本の量的緩和縮小が急速に進むなか、株式をETF経由でいちばん買っている日銀は、足元18年7−9月の買い取り額が実は1.2兆円(年4.8兆円のペース)まで減少しています。ピーク(17年1−3月末のETF買い取り額は1.8兆円)に対する減少率はすでに33%。まもなく買い取りペースのスローダウンが明白になるにつれて、日本株市場の需給悪化がいっそう深刻化していく可能性が高い。
しかも、中央銀行が量的緩和で買い取った金融商品のなかで株式(ETFを含む)は、緩和を巻き戻す量的引き締めのときに始末が悪い。なぜなら、国債は満期時に中銀が一部継続しないことにより保有高をさりげなく削減できるのに対し、満期のない株式の保有削減のためには中銀があえて世間の冷たい風を受けながら淡々と売らなければならないですからね。
もしも日銀の量的緩和が2019年に終わり、FRBと同様に緩和終了の3年後から量的引き締めでの金融商品売却に踏み切った場合には、バブル崩壊後でしかも東京五輪の反動不況のもと大量の株式が市場へ放出されると想定されます。
そのとき株式市場の需給がすっかり悪化している可能性が高いなか、日銀が売り出す株式の受け皿は事業法人など発行体企業の自社株買いだけではもちろん不十分。金融法人の純投資目的の買い意欲が乏しいため、新たな株買い需要を開拓する必要が生じるでしょう。
必要に迫られ、多くの日本企業が株式持ち合いを復活させると予想されます。すると、市場が企業を支配するために企業同士の株式持ち合いの解消を強く促してきた"企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)”でのガバナンス改革は、過去の緩和マネーとともに巻き戻されていくでしょう。
▼過度の株主還元が企業価値を損った、米国企業の失敗の教訓を活かそう!
また、日本の株価水準に大きく影響する米国株の発行体企業の企業価値が危うい。リーマンショック後のアメリカ企業は、”アクティビスト(物言う株主)”などから強い圧力を受けて負債調達(社債発行や借り入れ)した資金での大規模な自社株買いに踏み切り、1株あたりの純利益とともに株価を強引につり上げてきました。
FRB(米連邦中銀)の量的緩和が終了した2014年からは、自社株買いと配当を合わせた株主還元の額が純利益を上回り、S&P500企業の総還元性向(=(自社株買い+配当)/純利益)はなんと100%を超えて推移しています。ちなみに、足元のS&P500企業の総還元性向は106%です(**)。
100%超の過度の株主還元は、会計の重要概念”クリーン・サープラス(会社の純利益から株主還元を控除した額が資本へ積み上がる)”に基づき、企業価値を損ないます。株主にとっての企業価値に相当する資本は、会社に積み上がる純利益を社外流出する株主還元の額が上回る場合には、減少しマイナス成長です。
資本がマイナス成長のもと、企業分析の収益性指標ROE(=純利益/資本)と株式評価の最重要指標PER(=株価/純利益)が将来にわたり一定と仮定すると、純利益と株価もマイナス成長となります。
ところが、一部の市場参加者の物言いに押されたアメリカ企業は、大量の自社株買いを行い発行済株式数を減らすことで、株式市場が注目するEPS(1株あたりの純利益)を高め、1株あたりの株価の水準を保つことに協力してきました。そのうえ市場は、EPSでみた成長性を絶賛しながら、EPSに対する1株あたりの株価の倍率(=PER)を強引につり上げ株高を演出してきたのです。
そんな奇策は、1株あたりの指標と株価を実態よりも良くみせることはできても、企業価値に相当する大切な資本が損なわれ縮小均衡に陥るため長続きしません。FRBの利上げラッシュを受けて自社株買いのための負債調達コストが急上昇していることと、PERの水準でみた株価の割高感が懸念されるなか、いま市場はバブル崩壊への危機を迎えているのです。
その根本的な原因となったアクティビストなどのグリード(強い金銭欲)から企業を守ることの必要性が、リーマンに続く次のショックから学ぶ教訓となるでしょう。
アナリスト工房 2018年10月18日(木)記事
(2018年10月27日(土)編集)
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*)日銀の国債保有高が前年同期比26兆円増(2018年9月末時点)の内訳は、長期国債が43兆円増、国庫短期証券(短期国債)が17兆円減。長期国債の増加額は公称どおり約40兆円増。国庫短期証券の売却による市場からの資金回収が、日銀緩和縮小をけん引しています。
**)2018年10月12日時点のS&P500企業の自社株買い利回り(=自社株買い/株価)2.88%、配当利回り(=配当/株価)1.81%、PER(=株価/純利益)22.7倍に基づき、総還元性向は106%(=(2.88%+1.81%)×22.7)。マイナー指標の自社株買い利回りは米ヤーデニリサーチ社の公表値。なお指標はいずれも将来の予想でなく過去の実績。