中国元の金連動リハ成功と次の一手

なんと半年も金価格に連動した人民元は、ドルとの競争に挑み金本位へ

2018年10月31日(水)アナリスト工房

本来、株価と債券価格は負の相関(値動きが互いに逆の関係)があります。景気と企業業績が伸長し株価が堅調なときは、企業の設備資金需要が旺盛なことから金利が上昇するため、債券価格は下落しますからね。逆に、景気と企業業績と株価が落ち込むときは、設備資金需要の後退に伴う金利水準の低下を受けて、債券価格上昇するケースが従来多くみられました。

しかし、今回の世界的なバブル崩壊は、中央銀行の量的緩和(金融商品を買い取ることにより市場へ大量のマネーを供給する緩和策)の緩和マネーが株式と債券の価格を強引に押し上げてきた”緩和バブル”の崩壊。なので、いま緩和が縮小・撤退そして巻き戻されていくなか、株価だけでなく債券価格もほぼ同じ時期に急落しています。

投資の主要2商品(株式と債券)に行き場を失った投資マネーの向かう先は、主にキャッシュ(現預金)と金(ゴールド)。

なかでも金は、金本位制の復活を狙う中国が人民元をなんと半年間も金ペッグ(金価格に連動)させるリハーサルに成功したと見受けられることから、一部の市場参加者の注目を集めました。しかも中国当局の金ペッグ人民元への挑戦の舞台裏には、緩和バブル崩壊のメカニズムだけでなく、白熱している米中貿易戦争の次の展開が見え隠れしています(下記)。

▼金1オンス=8,300元近辺、さらに元高かつ狭いレンジのペッグも成功

人民元のレート水準を通貨当局が細かくコントロールしている中国は、元の通貨価値を金で裏づけることにより安定させるリハーサルを、2018年4月から開始したと見受けられます。

まず、4月23日から8月15日までの約4カ月間の第1フェーズは、ドル防衛志向の投機筋に売り浴びせられた元の対ドルレートが9.2%急落したにもかかわらず、元建ての金価格がおおむね1オンス=8,300元を中心に上下わずか1.2%の狭いレンジ(8,200〜8,400元)で安定化できました(図表)。

続いて、8月16日から10月10日までの約2カ月間の第2フェーズは、人民元の金価格連動に気づいた一部の投機筋が元だけでなく金も大量に売り浴びせたため、中国人民銀行(中銀)による元の金ペッグ操作が比較的容易になりました。元建て金価格は、より元高水準のおおむね1オンス=8,225元を中心に上下なんと0.9%のいっそう狭いレンジ(8,150〜8,300元)で極めて安定的です。

合わせて半年の長い期間にわたり人民元の対ドルレートが不安定な時期が大半にもかかわらず、各フェーズで元の通貨価値に対する金の価格の比率がおおむね一定水準を保ち続けたことから、中国当局による元の金価格連動へのリハーサルはほぼ成功とみてとれます。

なお、金ペッグ人民元へのリハーサル終了の舞台裏には、いま深刻化している緩和バブル崩壊への金市場の大きな関与が鮮明です。

CFTC(米商品先物取引委員会)の週次公表によると、リハーサル終了前日の10月9日、ヘッジファンドなど大口投機筋のNY金先物の建玉(持ち高)は、上記売り浴びせなどにより過去最高のショート(売り持ち)。

ところが、わずか1週間後の16日の建玉はなんとロング(買い持ち)へ一転しました。10月3日にはじまった債券市場のバブル崩壊が10日には株式市場へ及び、両市場から逃げたマネーが金へ向かったのです。

結果、翌11日には人民元を価格連動させる金が急反発したため、中国当局は続けづらくなった金ペッグ元へのリハーサルをひとまず終えたと推察されます。

▼米中通貨安競争でドルが切り下がった後、元の金ペッグ制が本運用へ

一方、ドル防衛志向の投機筋による元売り・ドル買いは足元も続いており、10月30日の元の対ドルレートは1ドル=6.97元までリーマンショック後の最安値を更新。白熱している米中貿易戦争では、元の通貨安による競争力を活かせる中国へ強い追い風が吹いてきました。

これまで、アメリカが中国からの年間輸入額の半分弱に相当する2,500億ドル分に追加関税を発動(7月:340億ドル、8月:160億ドル、9月:2,000億ドル)。その報復措置として中国は、アメリカからの年間輸入額の85%相当の1,100億ドル分に追加関税を課す(7月:340億ドル、8月:160億ドル、9月:600億ドル)とともに、企業主導で米国産の原油と大豆の輸入停止に踏み切りました。

とくに追加関税合戦は、アメリカが毎月発動するたびに中国がすかさず同日発動しており、2カ国の息がピタリと合った妙にテンポの良い展開です。

2019年1月からのアメリカは、2,000億ドル分の中国品に対する追加関税を10%から25%へ引き上げ予定。また、ブエノスアイレスG20首脳会議(11月30日−12月1日)に合わせた米中首脳会談で貿易協議に進展がみられない場合には、2月から新たに2,570億ドル分の中国品がアメリカの追加関税の対象となる方向です。

しかし、米国品の年間輸入額が1,300億ドルにすぎない中国の追加関税の余地は、あと200億ドルしか残っていない。そこで、有力な対米報復措置は市場の人民元安・ドル高を容認することです。

アメリカにとっても為替は貿易戦争の勝敗を大きく左右する重要なファクターなので、米中貿易戦争の戦場は関税上乗せの税関から対ドル人民元の為替市場へ広がってゆくかもしれません。

英エコノミスト誌の購買力平価”ビッグマック指数(2018年7月公表)”によると、対ドル人民元の理論価格は1ドル=3.72元。足元の市場実勢1ドル=6.97元は、ドルが元に対しなんと87%も超割高。

なので、アメリカの税関が中国製品に関税を25%上乗せしても、米国製の価格競争力は中国製にはるかに劣るのが実情。ドルの価値を劇的に切下げない限り、トランプ貿易戦争が目的とする貿易不均衡の是正は困難です。

購買力平価の理論価格からかけ離れた不自然なドル高は、『貿易黒字国が稼ぎを対米投資でキャッシュバックする仕組み』を保つために、FRB(米連邦中銀)と金融筋が演出してきました。

深刻な貿易赤字を解消するためにドル安を強く望むトランプ米政権は、貿易不均衡を追加関税で是正し対米投資マネーを減らすことによりドル安へ導きたいが、逆にドル安の状態のもとでない限り不均衡是正は難しい。

そこで今般、人民元の対ドルレートがリーマンショック後の最安値を更新したことをきっかけに、アメリカは元安容認した中国との通貨安競争に挑むと想定されます。そのとき、貿易戦争の主戦場となる為替市場でも、再び米中の息がピタリと合ったテンポ良い展開が繰り広げられるかもしれません。

ちなみに、1980年代の中曽根・レーガン政権の日米貿易戦争では、なんと57%のドル安が進行しました(82年が一時1ドル=278.50円の高値に対し、88年は一時1ドル=120.45円の安値)。21世紀の今回は、為替が然るべき超ドル安水準へ均衡する過程で、 人民元の金ペッグが本運用となり国際通貨体制が金本位制へ移行していくでしょう。

アナリスト工房 2018年10月31日(水)記事