円相場の米国債利回り連動が新展開
ドル円=a×米国債10年物利回り+b。傾きaの異変がヤバい!
2020年2月7日(金)アナリスト工房
最近の為替市場を眺める際にぜひ知っておきたいのは、ドル円相場が米国債の市場実勢に基づき決まる奇妙な実態だ。日本の機関投資家によるヘッジ付き外債投資(米国債など外国債券への為替ヘッジ付き投資)が再び活発化した昨夏以降のドル円は、なんと米国債利回りだけのシンプルな1次関数でバッチリ説明できてしまう(大凶 ヘッジ付き外債投資ブーム再開)。
まず、19年8月最終週から20年1月第2週までは、米国債10年物利回りが0.1%低下すると68銭のドル安円高になる傾向が、非常に強い相場連動性を表す高水準のR2(相関係数の2乗:おおむね0.5以上が強い相関の目安)とともに観察された。米国債利回りはドル円の最重要ファクターとみてとれる。
NY市場の日次終値に基づきアナリスト工房作成
プロットへの当てはまりが良好な近似直線の式に基づくと、米国債10年物利回りが過去最低水準(16年7月に一時1.318%)に再び低下した場合の為替予想は1ドル=105.3円(=6.815×1.318+96.346)。
ヘッジ付き外債投資の主な対象である米国債と為替の市場連動性が強いのは、投資開始後に米国債の市場価格に応じて為替ヘッジの金額を次々と増減させていくことがドル円相場に大きな影響を与えるからだ。
米国債の価格が上昇(利回りが低下)したとき日本の投資家は、上昇後の新たな米国債価格のもとでヘッジ状態を保つために、為替ヘッジ(ドル売り・円買い)の金額を増やす。結果、市場で増えるドル売り・円買いがドル安・円高に作用する。逆に、米国債の価格が下落(利回りが上昇)したときは、為替ヘッジの金額減少(一部のドル買い戻し・円売り戻し)がドル高・円安の要因となる。
<ドル円相場が米国債利回りに連動する傾向はなぜ?>
・米国債が利回り低下(価格上昇)→ヘッジのドル売りが増え円高へ
・米国債が利回り上昇(価格下落)→ドルが一部買い戻され円安へ
このように日本勢(金融機関、保険会社など)のヘッジ付き外債投資は、米国債利回りが低下したとき円高へ、上昇したとき円安へ作用する。
続いて、1月第2週に米イラン武力衝突が収まり”有事のドル売り”が後退した直後、日本の海外投資が一段と活発化したこと(同週の中長期債への対外証券投資は2兆4684億円の買い越し)をきっかけに、翌第3週から米国債とドル円の相場連動性に変化が生じた。
なぜなら、大量のジャパンマネーが米国債へ向かうのを見たNY市場のビッグプレーヤー(投機筋、金融機関など)は、投資マネーをアメリカの株式から国債へシフトしたからだ。
有事後退に伴いドル円が一時110.29円まで急反発した後、中国のコロナウィルス肺炎をきっかけに世界経済低迷への懸念が広まり、株式市場から逃げた投資マネーが米国債へ殺到し価格を大きく押し上げた(10年物利回りは一時1.502%まで急低下)。以後、ドル円も米国債も値動きの荒い展開が続いている。
結果、新たな近似直線の傾き(米国債10年物利回りが0.1%低下すると43銭のドル安円高になる傾向)は、以前よりも緩やかとなった。緩やかと化した近似直線は、市場の上下への値動きがドル円相場よりも米国債利回りが比較的激しくなったことを意味する。海外マネーと合流したジャパンマネーは、米国債の市場を不安定にしてしまった。
NY市場の日次終値に基づきアナリスト工房作成
米国債利回りとドル円の相場連動性を表すR2は、引き続き非常に強い相関を示している。プロットへの近似直線の当てはまりは依然良好だ(2月6日時点)。
なお、「政策的なドル買い支えを図ったクジラによる円売り」と噂される為替取引に伴う不自然なノイズ(近似直線の上方にある2月4−6日に観測された1.6%台かつ109円台の3つのプロット)がなかった場合には、R2は完全連動1に極めて近い値(0.958)となり、全プロットがほぼ直線上に整列するはずだった。
このようにドル円を連動性の強い米国債利回りを通して眺めることにより、為替に大きく影響するグローバル市場の投資マネーの流れだけでなく、市場参加者の投資行動と政策の動きが狙いとともに鮮明になる。
▼米20年債復活を突破口に、政府債務リストラ。傾きaはマイナスへ
ジャパンマネーがビッグプレーヤー(金融機関と投機筋)の投資マネーとともに米国債へ向かう市場の様子に機敏に反応したのは、アメリカのトランプ政権だった。なぜなら、米国債利回りの低下とドル安・円高への進行は、連邦政府の利払い負担削減と貿易不均衡の是正のために、政府債務の借り換えとドルの切り下げを検討中の米政権にとって大きなWチャンスだからだ。
「米連銀よ、賢くなれ。低金利諸国に挑む競争力をつけるために、はるかに高水準の米ドル金利を利下げすべきだ!そうしてくれたら、アメリカ政府は債務のペイオフ(清算)とリファイナンス(借り換え)に注力できる。インフレがほとんどない今こそ、その好機だ!」
トランプ大統領(Jan 28th 2020)Twitter
米財務省は2月5日、20年債の発行を6月までに34年ぶりに再開することを発表(発行時期・規模の詳細は5月公表予定)。財政赤字が深刻化するなか、国債の平均償還年限を長期化させることにより、連邦政府の資金繰り改善に挑む。
市場参加者の米国債投資への意欲が根強いなか、20年債の発行が順調にいけば、次はムニューシン財務長官が19年9月に「発行を真剣に検討中だ」と熱く語った初の50年債の発行環境が整うかもしれない。50年債の次には、あわせて検討中のこれまた初の100年債が控えている。
なかでも、市場のニーズがほとんどない最長の100年物米国債が大量発行に至った場合には、大統領の国家デフォルト宣言とともに、投資家が保有する米国債を新たな超長期債と交換するよう促される(あるいは強制される)可能性が高い。
そんなリファイナンス(債務の借り換え)は、1835年の薩摩藩(いまの日本の鹿児島県)が商人たちから借りた500万両(いまの2500億円相当)の返済期日を2086年まで延長し実質踏み倒し清算(ペイオフ)したのと同じ手口だ。
「借金すべてを250年の年賦で返す。証文をそのように書き改めるゆえ、古借証文をいったん預けてもらいたい。(中略)応じぬ者には支払わぬと言えば、拒否する者はまずおるまい。(中略)こうした方法でしか全額返済することはできぬのだ」
安部龍太郎『薩摩燃ゆ』小学館(2004)
21世紀のアメリカでは、20年債の復活から初の50年債そして100年債の発行が進むにつれて、米国債が需給悪化に伴い価格急落(利回り上昇)していくとともに、デフォルト宣言後はドルがリーマンショック後と同様に購買力平価の水準まで急落すると想定される。
その過程で、米国債利回りに対するドル円の近似直線の傾きがマイナス(利回り上昇につれてドル安・円高が進む状態)に転じていくのに備え、米国債利回りを通してドル円を眺める必要が高まるだろう。
なお、英エコノミスト誌の購買力平価「ビッグマック指数」(1月15日公表)によると、1ドルの理論価格は68.78円。一方、その市場価格は110.04円なので、ドルは購平価の水準に向けて3〜4割切り下がるかもしれない。
アナリスト工房 2020年2月7日(金)記事