金高騰ドル急落がFRB資金供給を阻む
すでに実質破たんした基軸通貨国の財政リスクが、いま再び浮上
2020年8月6日(木)アナリスト工房
為替レートが固定相場だった国際通貨体制”ブレトンウッズ体制(1945ー1971年)”の時代の金は、基軸通貨ドルの価値を裏付ける実物資産。アメリカの発行通貨ドルは、外国中銀が常に35ドルにつき1オンスの金と交換可能だった。
一方、変動相場制の現代の金相場は、基軸性が危ういドルの通貨価値を測って確かめるモノサシの役割を担っている。とくにドル建ての金相場が久々に高値を更新するまで急騰したときは、通貨発行国アメリカのカントリーリスクの著しい悪化とともに、急激なドル安が生じるケースが多い。
先月のNY金先物(のなかで最も取引が多い中心限月)は、一時1オンスあたり2005.4ドルまで高騰し、従来の最高値の水準(11年9月の1923.7ドル)を大きく更新した。今月になっても金先物価格は高騰を続け、8月5日には一時2070.3ドルまで吹き上がり史上最高値を塗り替えた。投資マネーを金融資産から実物資産へ逃避させる需要は、極めて旺盛だ。
為替市場では、ドルのさまざまな通貨に対する為替レートを指数化した”Bloombergドル指数”が、3月下旬に付けた年初来高値の水準に対し、7月末には一時9.9%安の水準まで急落した。結果、足元8月の主要4通貨(米ドル、欧州ユーロ、日本円、中国元)の年初来騰落率は、今春までダントツ首位だった米ドルがいつの間にか最も低調と化している(下記)。
【主要4通貨の年初来騰落率*)2020】 8月5日時点
・欧州ユーロ(EUR):4.81%
・日本円(JPY): 1.88%
・中国元(CNY):▲0.56%
・米ドル(USD):▲0.94%
なお、米中貿易戦争に伴い黒字縮小傾向の中国は、その悪影響を和らげようと、ドルに連れ安の通貨政策を密かに実施してきた。
同時に、金をせっせと買い集め金準備(外貨準備に占める金)を積むことによりドル安要因をつくったのも、中ロなど貿易資金決済での”ドル外し”を進めている新興国勢(中国、ロシア、トルコ、インドなど)の仕業。BRICS勢などこれらの国々は、金が通貨価値を裏付ける”金本位制”の復活に備えている。
今年7月に破られた従来の金最高値を付けた2011年、アメリカでは今世紀初の”国家デフォルト騒動”が始まった。当時のオバマ政権は、野党共和党が過半を占める下院で連邦政府債務の上限(当時は債務残高14.3兆ドル)の引き上げ承認が難航。市場では、アメリカ合衆国とともに米国債が本当にデフォルトするかもしれないとの懸念が一気に広まった。
デフォルト寸前の11年8月、債務上限は議会承認を得て引き上げることができ、基軸通貨国とその国債がひとまず無事に済んだ。
しかし、アメリカの財政規律が完全に失われたことを嫌気した為替市場では、ドル円が一時75.32円まで戦後最安値を更新(11年10月)。その過程で、当時の英エコノミスト誌が公表した購買力平価「ビッグマック指数」に基づくドル円の理論価格78.6円(**)はずいぶん円高水準にもかかわらず、実際の市場で見事実現してしまった。
以降、為替の理論価格ビッグマック指数は、ドルの信頼が揺らぎ基軸通貨としてのプレミアム価値が損なわれたとき、市場価格として実現する傾向がある。
放漫財政を加速させたオバマ政権は、さらに市場を揺るがすデフォルト騒動を2度も繰り返し(13年と15年)、8年間で米連邦政府の債務残高をなんと88%膨張(10.6→19.9兆ドル)させた。
ウォーカー元米会計検査院長によると15年当時、米国民への年金・健保に伴う未積立債務と合わせ、政府債務残高の真の実態は65兆ドル(下記)。ならば、アメリカ合衆国は明らかに実質破たん状態だ。
「国民と軍人への年金や退職者向け健康保険など、社会保障と医療制度に伴い連邦政府が負う未積立債務を加えると、政府債務残高の真の数字は約18兆ドルでなく65兆ドルだ!」
ウォーカー元米会計検査院長(Nov 8th 2015)AM970での発言
▼通貨の番人は、緩和マネーの回収策を拡充させドル防衛を続けるか?
実質財政破たん状態の連邦政府をオバマ前政権から引き継いだトランプ政権は、アメリカの管財人集団。だからこそ彼らは、政府予算を軍事費にタップリ集中のうえで米軍の海外撤退(シリア、アフガン、イラク、ドイツなど)を加速させ、予算未消化による財政再建に注力している。あわせて連邦政府債務の残高上限は、すでに議会承認が得られ、21年7月末まで適用停止中。
新型コロナ恐慌対策に伴い膨らんだ米連邦政府債務(8月3日時点の債務残高26.5兆ドルはなんと年初来3.3兆ドル増)をまかなうために、米国債20年物が34年ぶりに発行再開。その入札(5、6、7月)に先立ち、QE4(量的緩和第4弾)を実施中のFRB(米連邦中銀)は、20年後に満期を迎える発行済みの米国債(2040年2、5、8、11月満期)を許される上限枠70%までたっぷり買い取った。
結果、発行激増にもかかわらず米国債は、注力の20年物をはじめほぼ全ての期間物が高価格・低利回りで絶好調に消化できている。
とはいえ、FRBが米国債などと引き換えにドルを刷って市場へ資金供給するQE(量的緩和)は、”プリントマネー”の俗称をもつことからも、通貨発行が増えるにつれて1ドルあたりの価値低下を招く要因。
そこで基軸通貨の番人FRBは、国内のレポオペ(米国債などを担保に金融機関への資金貸付)と海外レポオペのための通貨スワップ(外国中銀への資金貸付)では、6月初旬からドル資金の回収に転じた。
QE4と国内外のレポオペによる資金供給残高は、6月3日に付けたピークが3兆2008億ドルに対し、7月29日には2兆9564億ドルまで減少。すでに市場から2444億ドルを回収したFRBは、基軸通貨防衛のために緩和から引き締めに転じたとみてとれる。その過程でレポオペの残高が尽きたなか、残っている資金回収対象は通貨スワップ(7月29日時点の残高は1175億ドル)。
足元の金高騰がドルの基軸性にノーを突きつけるなか、ドル通貨の番人FRBは資金回収の対象をMBS(いまは米国債に次ぐQE4対象のモーゲージ証券)に広げるなど、追加引き締めでのさらなるドル回収に踏み切る必要があるだろう。
逆に、通貨の番人が金市場の最終警告を無視した場合には、2011年に続き基軸性が損なわれた米ドルは、購買力平価ビッグマック指数の水準が実現するかもしれない。
最新のビックマック指数の水準は、1ドル=68.3円、1ユーロ=1.36ドル、1ドル=3.80元(英エコノミスト誌 7月15日公表)。まだまだドルは、他の主要通貨に対し著しく割高なので、基軸性プレミアム喪失に伴う通貨価値下落への余地が非常に大きい。
アナリスト工房 2020年8月6日(木)記事
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*)年初来騰落率は、米ドルがBloombergドル指数(BBDXY)、それ以外の通貨がBloombergドル指数と各通貨の対ドルレートに基づく計算値。
**)英エコノミスト誌の購買力平価「ビッグマック指数」は、世界各国のマクドナルド店でのビッグマック小売価格に基づき決まる。2011年7月の公表値は、ドル円が78.6円(=日本価格320円÷米国価格4.07ドル)。