米連銀の資金回収は通貨リセット級

リバースレポ(RRP)は、早くもQE4マネーの約4分の1を回収済み

2021年7月5日(月)アナリスト工房

いまのアメリカの金融政策は、大規模緩和と趙大規模引き締めが同時進行中の「極端な自己矛盾型」。中銀FRBが相変わらずQE4(量的緩和第4弾)で市場へ月1200億ドルの資金供給を続ける一方、FRB傘下のNY連銀は3月半ばからリバースレポ(米国債などを担保に民間金融機関から資金借入:下記)を急拡大させ市場から早くも約1兆ドルの資金を回収してしまった。

【レポオペとリバースレポ】 互いに逆取引

・レポオペ: 中銀が国債などを担保に金融機関へ資金貸付

→国債などは中銀へ、中銀は市場へ資金供給。緩和策

・リバースレポ: 中銀が国債などを担保に金融機関から資金借入

→国債などは金融機関へ、中銀は市場から資金回収。引き締め策

日々の金融調節を担うNY連銀は、金融機関から翌日物資金を借り入れるリバースレポ(O/N RRP)を欠かさず毎日実施することにより、QE4で買い取った米国債を担保として市場へ移転しながらドル資金を市場からせっせと回収中(6月末時点の回収額は9919億ドル)。翌日物のリバースレポは、それを毎日続ける奇策により、QE(米国債は市場から中銀へ移転、ドル資金は中銀から市場へ供給)を巻き戻す手段と化している。


QE4の資金供給残高からリバースレポでの資金回収額を控除した「正味の資金供給残高」でみると、QE4は4月半ばにピーク(3兆7242億ドル)を付けた後、縮小傾向がとくにリバースレポが有利子化された6月17日からいっそう急速に鮮明となってきた。

結果、6月末時点のQE4マネーの回収率は24.4%(=リバースレポ9919億ドル/QE4資金供給残高4兆0711億ドル)。リバースレポ開始からわずか3カ月半にもかかわらず、アメリカ史上最大の引き締め策は進ちょく絶好調とみてとれる(図表)。

QE4による資金供給のペースをはるかに超えるリバースレポによる資金回収の結果、米連銀はアクセル全開(QEの最速ペース維持)のままブレーキを強く踏み(リバースレポを急拡大し)スピンし逆方向(資金回収での引き締め)へ勢いよく向かっている。

本来であれば、市場へ資金供給する緩和策QEから回収する引き締めに転じるときは、アクセルを緩めポンピングブレーキでひとまず止まる(緩和を段階的に縮小のうえ終了する)のが基本。なのに、基本無視の奇策(アクセル全開のまま逆方向へ反転)に踏み切った米連銀勢は、大至急引き締めながら趙大量の資金を回収する必要に強く迫られているはずだ。

▼デジタル中国元が脅威。米ドルの番人は全て回収、再起動の構え

引き締めを急ぐ米連銀勢が市場から回収するQEマネーは、最終的にどの程度の規模まで膨らむのか?

QEマネー回収の先行きを予想するためには、QE4開始前後のレポオペ(リバースレポの逆取引)がQE4マネーの供給をどれだけ押し上げたかを、あらかじめ把握しておくとよい。

19年10月にQE4が始まった前後の局面では、1カ月先行してスタートしたNY連銀のレポオペ(米国債などを担保に金融機関へ資金貸付)は、過度の貸し渋りに伴い深刻な資金調達難に陥った金融機関勢を救うとともに、緩和規模が急拡大した20年3月には資金供給残高を大きく押し上げる役割を担った(図表)。

QE4開始前後の局面でレポオペのピークは4957億ドル(20年3月17日の残高)に対し、後に正味のQE4資金供給残高は一時3兆7242億ドル(上記)まで膨らんだ。よってQE4開始前後のレポオペは、やがてその7.5倍の規模にまで正味のQE4マネーを押し上げるのに貢献した。


その倍率(7.5倍)がQE終了前後のリバースレポに対する正味QEマネーの押し下げにも当てはまると仮定しよう。すると、これまでのリバースレポのピーク(上記9919億ドル)の正味QE4マネーの押し下げ効果は、やがてその7.5倍の7兆4393億ドルと予想される。その額は、正味のQE4(ピークは上記3兆7242億ドル)およびQE1〜3(QT控除後の正味合計は3兆3150億ドル)を合わせた額を4001億ドルオーバーしてしまう(下記)。

すなわち米連銀勢は、すべての量的緩和(QE1〜4)を完全に巻き戻すだけでなく、最終的に発行済みのドル資金の大半を回収し「通貨リセット」に踏み切ると想定される。いまの米ドル基軸の国際通貨体制は一変するかもしれない

<過去の量的緩和(QE1〜3)と量的引き締め(QT)の規模>

・QE1(08年11月−10年6月): 総額1兆7250億ドル

・QE2(10年11月−11年6月): 総額6000億ドル

・QE3(12年9月−14年10月): 総額1兆6300億ドル

・QT(17年10月−19年7月): 総額6400億ドル

FRBの公表データに基づく

基軸通貨の番人(米連銀勢)が市中のドル資金回収を急ぐだけでなく通貨リセットへの観測があちこちで浮上している舞台裏では、今夏の東京五輪が開催濃厚となってきたなか、それに続く22年2月の北京冬季五輪で中国のCBDC(中銀発行のデジタル通貨)が華やかにデビューしドル基軸性を脅かす懸念が急速に強まっている。


中国人民銀行(中国の中銀)のCBDCは、深圳・蘇州・北京などで住民の一部に配布され実証実験(商店やネットショップでの買い物、金融機関ATMでの現金への両替など)を重ね、主要国の中銀デジタル通貨なかで開発の進ちょく度が断トツ首位。とくに北京の実験では、ATMで使えるカード型のCBDCが投入され、スマホを使いたくない現金主義者たちもユーザー層として見事取り込んだ(東京五輪 中銀デジタル通貨への布石)。


人民銀行など中国勢は、CBDCの国際化に向けてなんとSWIFT(ドルの資金決済に必要な米国主導の国際資金決済システムを運営する国際組織)と合弁会社を設立済み。中国・香港・タイ・UAEの間のCBDC資金決済の実証実験では、国際決済銀行(BIS:世界の中央銀行が加盟する団体)が加わった。西側国際機関の心強い助太刀を得た中国勢は、”ブロックチェーン(分散型台帳)”の技術を活用し、CBDCの対外取引に必要な資金および為替を即時決済できる通貨体制を構築中。

来年2月の北京五輪の会場では、中国元CBDCがお披露目される。その一連の機能(買い物などの資金決済、現金との両替、対外取引への拡張性など)とユーザーにとっての利便を、実際に端末を操作しながら体験できる場が設けられる予定。


市場が最も注目しているのは、すっかり出遅れた米欧主要国のCBDC開発がほとんど進まないなか、中銀通貨のデジタル化をきっかけに中国元の世界シェアが飛躍的に伸び米ドルの基軸性を損なう可能性だ。

基軸性毀損に伴うドル急落を防ぐために米連銀勢は、いま超ハイペースでのドル資金回収により、市中の1ドルあたりの通貨価値を何とか保っている。一方、やがてドル防衛に限界が訪れたときに備え、新ドルへ切り替えるための通貨リセットの準備(発行済みのドル資金の大半を回収する上記構え)も同時進行中と見受けられる。来年は国際通貨体制が再起動し、唯一の基軸でなく複数の軸の通貨体制に生まれ変わるかもしれない。

アナリスト工房 2021年7月5日(月)記事